ついでに述べるなら、本書には、さきだって文春文庫に収録された傑作『僕のなかの壊れていない部分』(二〇〇二年)のような尖りも影をひそめている。男性編集者が三人の女性(才色兼備のスタイリスト、有閑マダム、離婚歴のある子持ち)との関係を通して生の本質に迫る物語では、人々が追い求める平凡な幸福に対して極めて懐疑的で攻撃的で、怠惰な生を鋭く刺し続ける苛烈な精神があり、それが新たな内面凝視を促すことになった。
刺激的で、過激な装いはないけれど(ただし艶やかな性的な場面はある)、本書には、苦悩する者たちの人生讃歌がある。物語の面白さに引き込まれ、人物に感情移入して、生きることの困難さに立ち会うことになる。生きることの意味を一つひとつ問いかけ、問題点を摘出して力強いメッセージを示す。本書では愛すること、裏切ること、人間と人間の強い絆とは何かなど様々なことを論じて(n 章で語られる「好きな相手と別れる勇気」も興味深い)、人生が充分に生きるに値することを静かに訴えている。
近年の厚みのある長篇と比べると、ここで描かれる大人の恋愛はややシンプルであるけれど、それでも十二分に豊かな内実をもつ。それもこれも彫りの深いキャラクター、巧みなストーリーテリング、強力なテーマ把握、そして箴言にみちた人生考察が功を奏しているからだろう。一読をお薦めしたい。
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