『風の歌を聴け』から『猫を棄てる』への変化
岸田 佐渡島さんも大好きな『風の歌を聴け』の冒頭で村上さんは、文章を書くことは自己療養へのささやかな試みだと書いていますよね。
佐渡島 そうですね。『風の歌を聴け』は、僕は青春小説として、初めは読んでいました。自殺する女性が出てくるけど、青春時代は、そのような出来事にどうしても遭遇してしまう。それくらいの意味しか、女性のエピソードから読み取っていなかった。でも、ある時に自殺してしまった彼女への思いや後悔を、まだ抱えていて、言葉にできない主人公の話だと言われてて。そう知ってから、読み直すと、さらっと読んでいた言葉が、違う重みを持ってくる。この物語を書くことで、村上さん自身が、過去経験した何かへの自己療養としてのささやかな試みをしているのだと感じました。
岸田 『猫を棄てる』でも、村上さんがお父さんについて文章にすることで〈自分自身が透明になっていくような、不思議な感覚に襲われることになる。〉と書かれていました。村上さんが文章を書く目的は、40年前と同じなんですね。
佐渡島 はい。まだ整理できていない感情を、文章にすることで整理しようとするという点で同じだと僕も思いました。「風の歌を聴け」と「猫を棄てる」で違うのは、トラウマを他人へ引き継ぐことが良いか悪いか、の判断かなと思っています。村上さんにとって、トラウマを引き継ぐのかどうかは、ずっとテーマになっていると思っていて。
岸田 トラウマの描き方が、その2作でどう変わったんですか?
佐渡島 たぶんだけど『風の歌を聴け』を書いたときの村上さんは、彼女の死というトラウマを他人に引き継いではいけない、って考えていて、「僕」はそのことを「鼠」とは共有していない。主人公は、彼女の死を自分だけで受け止めないといけなくて、文章しか向き合う先がなかった。
岸田 『猫を棄てる』ではむしろ、お父さんが戦争で経験したトラウマを、血をわけた村上さんが引き継ぐことが、心の繋がりであり歴史でもあるって肯定していますよね。
佐渡島 そう。これも想像だけど、子どものころの村上さんは、お父さんが戦争のトラウマを聞かせた意味を理解できなくて、憤りや戸惑いを感じてたのかもしれない。だから『風の歌を聴け』では、自分は父親のようにつらかったことを周りには話さない。自分のところで、トラウマの連鎖を断ち切ろうとしていた。
岸田 そっか。お父さんについてちゃんと調べて、わかろうとしたら、トラウマは受け入れるものだという答えになったんですね。
佐渡島 岸田さんは、お父さんが亡くなってからすぐ、そのことを他人に話せた?
岸田 話せませんでした。
佐渡島 なんで話せなかったのか、思い当たることはありますか?
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