佐渡島 会話って、お互いが一文ずつ話して、理解を深めていきますよね。文章も同じだと思ってて。
岸田 どうやって文章と会話するんです?
佐渡島 村上さんの文章を、一文ずつ立ち止まるようにして読むんです。「なぜこの一文を書いたんだろう?」とか「あえてこの言葉を選んだのはどういう理由だろう?」とか考えていると、作者と頭のなかで会話してるような感じになるなと思っていて。
岸田 読むのにものすごーく時間がかかりませんか?
佐渡島 時間がかかるのがいいんです。ストーリーを楽しみたいのではなくて、作者との対話を楽しみたい。村上さんの文章の中の一文のことを、読み終えた後、数日ずっと考えていたり。一年後とかに急に、村上さんの文章を思い出して、こういう意味だったのかもと思ったり。僕は中学の頃、南アフリカに住んでいて、会話相手がいなかったから、その頃、頭の中でずっと村上さんと会話していた。それが大学生くらいまでずっと続いたから、夢にも村上さんが出てくるようになって、喋ってました(笑)。
岸田 すごい、突き抜けてる。でも作者と会話できるようになるのは魅力です。『猫を棄てる』も、一文ずつゆっくり読んだんですね。
佐渡島 うん。88ページの〈たとえば僕らはある夏の日、香櫨園の海岸まで一緒に自転車に乗って、一匹の縞柄の雌猫を棄てに行ったのだ。〉は好きです。
岸田 どこが気になったんですか?
佐渡島 前の文章との繋がりを考えても、よくここで〈たとえば〉なんて書き出しを生み出せたな、すごいなあ、って。
岸田 細かい!
佐渡島 細かいかな? 村上さんは、何度も読み直す中で、そのような語感も確認して書いたと思う。作者が書くよりはずっと速いペースで読んでいるわけだし。
岸田 うーん……そう言われたら〈たとえば〉って、この場面ではなかなか出てこない言葉かも。なんで村上さんは〈たとえば〉を使ったんでしょう?
佐渡島 わからないです(笑)。こういう言葉遣いが村上さん独特で、自分はできないのだけど、しっくりくる。朗読すると、音が絶妙にいい。こういうことをはっきり説明できるようになった時に、村上さんが考えていることをもっと正しくわかるのかもしれないなって思います。
岸田 そんな視点で読んだことがなかったので、びっくりしています。もう一度読むのが楽しみになりました。
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