- 2020.07.08
- 書評
瀬戸内海の美しい景色の中で展開する、体力の限界に挑むレースと誘拐事件
文:林田 順子 (編集者・ライター)
『ランニング・ワイルド』(堂場 瞬一)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
そんなぎりぎりの展開の中で、人心地つけるのが、レースの舞台である「とびしま海道」だ。実在するこのルートは、瀬戸内海に浮かぶ七つの島を八つの橋で繋いでいる(八つ目の橋は未完成)。世界的に有名なのは、とびしま海道の東側にある「しまなみ海道」だろう。世界で唯一自転車で海峡が渡れることから、世界中からサイクリストが訪れる、聖地と呼ばれるルートである。それに比べると、とびしま海道は知名度には劣るものの、地元の人からは「裏しまなみ海道」と呼ばれていて、より長閑なこちらの雰囲気を好むサイクリストもいるようだ。
残念ながら、とびしま海道を走ったことはないのだが、しまなみ海道は取材で一度走ったことがある。当時は、ロードバイクも、ロングライドも初体験だったが、その素晴らしい時間は今でも忘れられない。ノスタルジックな古い街並み、田園地帯で鼻腔をくすぐる柑橘の香り、きつさを忘れさせてくれる海岸線の海風、橋までの急な登り坂を越えると見える絶景、スピードを上げて攻略する橋から島への下り坂……本書に出てくる光景は、しまなみ海道の風景を鮮やかに思い出させてくれる。細部はもちろん違うだろうが、きっと同じような空気が流れているのだろう。
この本の読者には、どちらかの海道にぜひ一度足を運んで、ロングライドに挑戦してもらいたい。どちらの自転車ルートにも、路側帯と並行してブルーのラインがひかれているので、地図がなくても迷う心配はない。車も人も、驚くほどサイクリストフレンドリーだし、ママチャリに乗った壮年のツーリストも意外と多かったので、初心者でも十分楽しめるはずだ(ただし、ママチャリであのコースを回るのは、辛すぎるのでおすすめしない。むしろあの急坂をママチャリで登れる体力があることに、驚いたぐらいだ)。物語に登場するアドベンチャーレースは架空の大会だが、この二つのルートでは、トレイルランやマラソンなど、さまざまな大会が催されていて、そちらにエントリーするのも楽しいだろう。実際にルートを体感し、それから改めてこの本を読み返すと、レースの模様がまた違った光景に見えてくるはずだ。
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