
これは序盤で明かされることだが、ある特殊能力を巡る小説でもある。不思議な力を得てしまったために人生が狂ってしまう、という物語の類型がある。たとえば犯罪小説の大家エルモア・レナードが触れるだけで人を治す男を主人公に書いた『タッチ』(一九八七年。早川書房)、もしくは存在するだけで他人を幸福にしてしまう女性を巡るリチャード・パワーズの大作『幸福の遺伝子』(二〇〇九年。新潮社)など。その原型は、手にしたものを黄金にしてしまうミダス王の神話だ。普通ではない能力を持ったがために普通の生き方ができなくなってしまう悲劇という意味では、超能力者に取材した森達也『スプーン』(二〇〇一年。『職業欄はエスパー』と改題の上、現・角川文庫)なども思い浮かぶ。少し外れた場所から、普通の人生とは何かを考えた小説でもあるのだ。
本作が発表された二〇一五年は、作者の転換点となった意欲作『代償』(角川文庫)発表の翌年にあたり、伊岡がさまざまな作風を試していた時期である。作品数が多いために犯罪小説や警察小説が主分野と見られる作家だが、登場人物の魅力だけで勝負という、ストライクゾーンの真ん真ん中を剛速球で狙った本作を、もっと多くの人に読んでもらいたい。
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