- 2020.07.22
- 書評
「女は、怖い」のではない。「怖いから、女」なのだ
文:酒井 順子 (エッセイスト)
『ウェイティング・バー』(林 真理子)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『ウェイティング・バー』を読んでいて私は、初めて自分の中の汚い部分を知った時の恐怖を、思い出したのです。「土曜日の献立」の中で、
「夫と昔の恋人、そして彼の妻との四人で、これほど楽しいひとときを過ごせるというのは、ひとえに自分の怜悧さによるものだと、香苗は密かに勝利宣言さえした。」
という文を読むと、自分の中の「穴」に対して気づいていないフリをしていた頃の自分が脳裏に浮かぶ。そして、
「『どちらもこういう交際が出来るほどさばけてもいないし、おしゃれでもないっていうこと。だいいち嫌らしいじゃないの。昔、さんざん寝た女とその亭主を前に、昔、女がよくつくってくれたポテトグラタンを食べるなんてさ』」
と言う君子の姿は「穴」の存在をはっきりと認めた後の自分と重なり合う。
同時に、読みながら「怖さ」以外の何かを感じている自分にも、気づきます。本書の十編のストーリーによって、自分の中にある暗い穴をえぐり掘られるのは苦痛ではあるのですが、どこか快感でもあるのです。
それは、自分の肉体を鏡で見る時の気持ちと似ています。鼻息で曇るくらい顔を三面鏡に近づけて、目尻を凝視する。目の下にはシワがある。女性はそのシワを見て、どうあがいてもやってきてしまう老化に対する心の底からの恐怖を感じるとともに、特殊な興奮と、いとおしさをも感じるものです。
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