書評

「女は、怖い」のではない。「怖いから、女」なのだ

文: 酒井 順子 (エッセイスト)

『ウェイティング・バー』(林 真理子)

『ウェイティング・バー』(林 真理子)

 噓をつかれたり、裏切られたりする度に、“ああ、人間って怖い生きものなのだな”ということがわかってくる。初めて他人から裏切られるという経験をした晩には、ベッドの中で泣きまくりつつ、“ああ、人間なんてちっとも信用ならない。幽霊にでもこの胸のうちを相談したい……!”と思ったものです。

 しかし、他人に対して恐怖を感じているだけでは、本当の人間の怖さを知ったことにはなりません。「こんなにひどい人がいる」「あの人は怖い」と言っているうちは、まだ“自分だけは、いい人だ”という幸せな思い込みをすることができるのです。が、ふとしたきっかけで、自分の中にも暗くて汚い部分があることを発見した瞬間。これは、怖いですね。

 それまでは、他人の悪口を言ったり、噓をついたりしていても、「私がこのような行動をとるのには正当な理由があるのであって、私が悪い人間だからではない」と信じていたのに、ある瞬間、「そうではないのだ。私自身の根本に、確実に『悪』があるからこそ、私はあくどいことをするのだ。悪事をはたらくのに『正当な理由』などあるわけがなく、それは自己正当化のためのいいわけにすぎない!」ということが見える。それまで気づかなかった、もしくは気づかないフリをしてきた自分の中の「悪」の穴のフチに初めて立って中をのぞきこむと、あまりに暗くあまりに深いその穴に、吸い込まれそうになって、目が眩む……。

ウェイティング・バー林真理子

定価:本体630円+税発売日:2020年05月08日


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