書評

「女は、怖い」のではない。「怖いから、女」なのだ

文: 酒井 順子 (エッセイスト)

『ウェイティング・バー』(林 真理子)

『ウェイティング・バー』(林 真理子)

「出来の悪い子ほど可愛い」と言いますが、自分の肉体に関しても同じなのでしょう。シミや枝毛、下腹部のたるんだ肉や膿(う)んでしまった傷口など、肉体の醜い部分をまじまじと眺める時はいつも、醜いが故のいとおしさが高じて、胸が沸くのです。

 本書を読みながら感じる興奮、及び自分の醜い肉体を見た時の興奮は、別に「怖くってドキドキしちゃう」という興奮ではありません。自分の中の暗く汚くジメジメした部分を直視してしまったという、羞恥心とヤケクソ心と自虐的な気持ちとが交じった興奮です。その興奮がもたらす甘美な快感はやがて、自分の中にある暗い「穴」の新しい後ろ盾となり、その存在を優しく許してくれます。この本は、私の心の中にある穴にとって最高の肥料となり、その穴を熱く発酵させました。

 男性の感じ方は、私とは少し違うことでしょう。

「本当に女は怖いよなぁ」

 と、本書を読んだ男性はつぶやくに違いない。

 しかし男性は、この本を読んで、もしくは実際に恐ろしい目に遭って「女は怖い」と学習しても、その次に出会った女性が持つ恐ろしさには、気がつかないのです。そして彼はまた恐ろしい目に遭い、

「本当に女は怖いよなぁ」

 とつぶやいて……。ということを、延々と繰り返す。

ウェイティング・バー林真理子

定価:本体630円+税発売日:2020年05月08日


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