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ページを開けば、驚きに満ちている

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文:内藤 麻里子 (文芸ジャーナリスト)

『悪左府の女』(伊東 潤)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『悪左府の女』(伊東 潤)

 多子は後白河帝らをこう説得する。

「武力で事を決してしまえば、向後、何をするにも武力が主導権を握ることになります。こうした前例を作ることで、いつか朝廷は武力に支配されるでしょう」

 武士の時代の到来を言い当てているのだが、武力の行使に異議申し立てをする言葉であり、現代の私たちの心に響く本書の核心となる言葉でもあると思う。

 ちなみに多子には、この後奇しき運命が待っている。近衛帝がこの世を去ってからの話であるが、次の次の天皇となった二条帝に請われて再び入内した。二代の后になった史上唯一の女性である。

 伊東さんはサービス精神にあふれてもいる。例を挙げると、頼長の息子で琵琶の名手、二千君(にちぎみ)(のちの師長)と夜叉麻呂の存在である。二千君は琵琶の奏者として栄子をライバル視し、夜叉麻呂に至っては栄子に夜の手管を教え込むという冷酷な役回りで登場するが、危機に瀕する彼女にそれぞれが手を差し伸べる。クライマックスにこれでもかと彩を添える。

 こうして読み解いてくると、伊東さんはとにかくエネルギッシュだ。そのうえで、細かく気を配る。

『天下人の茶』(一五年)でインタビューしたときの言葉が忘れられない。

「ビジネスマンの頃から、誰かに見込まれ引き立てられるということなく、ワーキングマンとして仕事をしてきた。誰より頑張れる。最後にリングに立っているのは私だ」

 日本アイ・ビー・エム勤務、コンサルタントなどを経て作家になった。この言葉から知れるのは、つまり、うまずたゆまず仕事をし、書いてきたということだ。仕事をするということの基本形がここにある。この言葉に励まされる人も多いだろう。

 インタビューから五年近い月日がたっている。伊東さんもその分歳を重ねた。その心境は今も同じだろうか。ともあれ、剛腕作家が誘う世界のこれからを、刮目して待ちたい。

文春文庫
悪左府の女
伊東潤

定価:935円(税込)発売日:2020年08月05日

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