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ジョン・フォード論 第一章-III-3 歌が歌われ、踊りが踊られるとき

ジョン・フォード論 第一章-III-3 歌が歌われ、踊りが踊られるとき

文:蓮實 重彦

文學界9月号

出典 : #文學界

「文學界 9月号」(文藝春秋 編)

「『幌馬車』におけるトラヴィスとサンディーとは、モルモン教徒たちのガイドになろうと決断するにあたって歌を歌うことに助けを求めているのだが、それは少なくとも、その形式性において、モルモン教徒たちへのコミットメントと、『主』の意志への盲従を示唆している。この作品を通しての音楽との関係においてなら、歌うことは神話的な冒険性をも示唆しているが、それよりも重要なものとして、二人の友情を示唆してもいることである」(同前)。

 本当だろうか? ここで「二人」と呼ばれているのは、トラヴィス Travis 役のベン・ジョンソン Ben Johnson とサンディー Sandy 役のハリー・ケリー・ジュニア Harry Carey Jr. なのだが、彼らの「友情」というなら、この歌を歌うより遥か以前から、誰の目にもすでに明らかだったはずではないか。そもそも、ここで「歌」と呼ばれているのは、歌手でもないふたりが、この作品の主題歌でもあり、ザ・サンズ・オブ・ザ・パイオニアーズ The Sons of the Pioneers によるレコードにもなった名高い「幌馬車の歌」《Song of the Wagon Master》の冒頭の数行ほどを、あたかも台詞のように軽く口ずさむというにすぎない。はたしてそれを「歌」と呼べるのかさえ疑わしいほどの、メロディーのついた言葉のやりとりといった程度のものにすぎない。

『幌馬車』の音楽監督は『駅馬車』(Stagecoach, 1939)のリチャード・ヘイグマン Richard Hageman だが、作中で歌われている四つの歌曲を作詞作曲したのは、いずれもスタン・ジョーンズ Stan Jones である。その後の『捜索者』(The Searchers, 1956)の場合も、マックス・スタイナー Max Steiner が音楽監督としてクレジットされているが、その主題歌の作詞と作曲はスタン・ジョーンズによるものだったので、『幌馬車』もほぼそれと同じケースと考えておけばよろしい。『幌馬車』の場合は、監督のフォードがスタン・ジョーンズによる主題歌の歌詞をあらかじめ聞き知っており、ここでその冒頭部分を二人の若い役者に口ずさませたのではなかろうかと思う。なお、スタン・ジョーンズ自身は役者でもあり、『幌馬車』の直後に撮られたフォードの『リオ・グランデの砦』(Rio Grande, 1950)では軍曹を、また『騎兵隊』(The Horse Soldiers, 1959)ではグラント将軍役を演じてもいるのだが、「歌」について語ろうとするギャラガーは、それについてはまったく触れていない。


(註1)    Gaylyn Studlar and Matthew Bernstein, John Ford Made Westerns - Filming the Legend in the Sound Era, Indiana University Press, 2001)という玉石混交の論文集にも、Kathryn Kalinakは《“The Sound of Many Voices” - Music in John Ford’s Westerns》という論文を書いている。また、同じ書物にはCharles Ramírez Berg,《The Margin as Center - The Multicultural Dynamics of John Ford’s Westerns》という論文が収められており、そこには「歌うことと踊ること」“Singing and Dancing”という短い項目が含まれているが、それはあいもかわらずエスニックな同一性と異質性といった視点から語られており、ここでもフォードの磊落性は「説明と分析」の対象でしかない。

 

この続きは、「文學界」9月号に全文掲載されています。

文學界 9月号

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