女を野望に利用した悪左府
高島 私は2015年から『日本の古都~その絶景に歴史あり』(BS‐TBS)という歴史探訪番組に出演させていただいているんですが、伊東さんにはゲストとしていつも色々と教えていただいています。作家の方は研究者の方に比べて想像力があふれ出すというのか、引き出しをたくさん持っていらっしゃるから毎回すごく面白いです。
伊東 京都、越後府中、川中島、小田原、駿府城など、いずれも有名な歴史上の事件の舞台となった場所にご一緒しましたね。そこで僕が話したことは、小説家の妄想や与太話ではなく、視聴者の皆様に今、伝えたいものばかりなんです。
高島 最初にお目にかかった時、今必要とされている物語を書くんだとおっしゃっていたのが印象的でした。
伊東 そんな偉そうなことを言っていましたか(笑)。
高島 作家の方は自分が書きたいものを題材にされているイメージがあって、読者の方の目線を意識されているというのが新鮮な驚きだったんです。今度出された『悪左府(あくさふ)の女(おんな)』という作品も、女性なくして成り立たないという今の社会を意識されたんですか?
伊東 仰せの通りですね。戦国物が多かったということもあり、自作では、これまで女性はあまり登場してこなかったのですが、女性を描きたいという思いもあり、平安時代を舞台にした本作で、それを存分にやろうと思いました(笑)。
高島 沢山の作品を書かれていますけれど、この時代をお書きになるのは初めてだと聞きました。
伊東 そうなんです。この作品は、タイトルがまず頭に浮かびました。「悪左府」って響きが恰好いいでしょう。悪左府と呼ばれていたのは、保元の乱で敗死した藤原頼長という公卿なんですが、左府は左大臣のことで、悪は現代とは少し意味が違って、むしろ強さを表わしています。それに「女」を加えたのは、実は皮肉なんです。頼長は実は男色家として有名で、女性を子孫を残す道具としか見ていなかった節があります。そこで頼長は自らの地位を盤石なものにすべく、ある女性を利用するというアイデアが浮かんだんです。
高島 その頃の女性の顔や存在がいまいちはっきりしないというか、難しい時代のような気がします。
伊東 当時、醜女(しこめ)とされていたのは、背が高くすらりとしていて、手足の長い女性でした。女優さんだと杏さんや波瑠さんのようなイメージですね。ところが平安時代は、小柄で目が細く下膨れの女性が美人とされていました。そこで醜女を主人公にし、琵琶の達人という設定にしました。実は、その条件は頼長の望むものと合致していました。それにより頼長は、彼女を女房、つまり女官として、皇后のいる里内裏に送り込むのです。
高島 なんだか視点が『家政婦は見た!』みたいですね。
伊東 そうなんですよ。まあ何かを見てしまうというより、頼長に命じられて、あることをしなければならない立場なのですが。そうした背景があるので、当時の風習とか生活とか、朝廷の行事を綿密に描きました。読んでいるうちに、読者が平安時代にタイムスリップした気になってくれれば、うれしいですね。
高島 作家の方はひとりで何人ものキャラクターに命を吹き込まれるわけで、それは大変なことですよね。
伊東 登場人物の気持ちに寄り添って書くので、ワルを書いている時は、自分もワルになります(笑)。
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