夫に先立たれた妻の気力
高島 その意味でも、もう一人、この時代の女性で気になるのは、北政所と呼ばれたおね様です。秀吉の正室として長年連れ添ったおね様は、その間、非常に多くの戦国武将たちと関わってきたとされていますね。
伊東 実に面白い存在ですね。従来は淀殿への嫉妬から、加藤清正や福島正則らに対し、家康に味方するよう告げたと言われてきましたが、最新の研究では、北政所が家康に味方した形跡はないとされています。
高島 政権が徳川家に移ってからも、彼女は大事にされていたし、信長、秀吉、家康と3人の天下人から信頼された、唯一無二の女性だったんじゃないかと思うんです。その人間性が興味深いし、やはりそれだけの女性に惚れられた太閤殿の魅力というのも、改めて浮き上がってくるような気がします。
伊東 秀吉とおねは、まさに二人三脚で豊臣政権を作り上げたといってもいいでしょうね。その点、頼朝と政子に近いものを感じます。ただ秀吉とおねには、底抜けの明るさがありますよね。それが、今でも2人が愛されている理由なんでしょうね。それにしても高島さんは秀吉に惚れていますね(笑)。
高島 北政所は淀殿と違って、本当の意味で縁の下から豊臣家を支えようとしていた。残念ながら子供に恵まれなかったということも、その理由だと思います。私自身も子供がいないので、それはそれで理想の女性の在り方なんです。要するに彼女の育てた武将たちが、その後、一流の大名へと成長していった。私もこれから出来ることは何だろうと考えた時、おね様の生き方にヒントがあるかもしれないと考えているんです。
伊東 つまり育成ですね。そういう気持ちがある方によって、日本の伝統や文化は引き継がれていくのでしょうね。
高島 やはり年齢を重ねると、日本の歴史や文化にどんどん興味を持つようにもなってくるんですが、来年が明治維新150年ということで、色々な新説が出てきていると聞きました。
伊東 21世紀に入ってから新説が続出しています。その中には歴史を書き換えるぐらいのものもあります。小説家はそうしたものを踏まえて、新たな物語を紡いでいかなければなりません。
高島 明治維新の頃にも、歴史の鍵を握った女性が何人かいると思うのですが、私が関心があるのは、篤姫(あつひめ)と和宮(かずのみや)の存在ですね。
伊東 江戸城の無血開城の主役は勝海舟とされていますが、その舞台裏で活躍したのは間違いなく2人です。薩摩から13代将軍・家定に嫁いできた篤姫と、皇室から14代将軍・家茂に嫁いできた和宮の二人がいてこそ、あそこまで事がうまく運んだと思います。
高島 フジテレビの『大奥』(2003年)では、菅野美穂さん演じる篤姫と安達祐実さん演じる和宮のバトルが話題になりましたけど、実際に篤姫と和宮は家柄的にもなかなか交わらなかったはずです。その2人の女性が260年間続いた徳川幕府のシンボルであった、江戸城の歴史を閉じたというのは非常にドラマチックで、そこに感動しました。究極の選択の時には、やはり女性の判断力にはすごいものがあります。
伊東 その通りですね。
高島 やはり男性には武士道というのか、「自分の命を懸けて」というのがあるじゃないですか。
伊東 結果、あっさり死んでしまうことも多々ありました。
高島 でも女性は生きてこそ、とそこで生きる。そこが男女の大きな違いでしょうね。北条政子を筆頭に、今回、名前の挙がった女性の多くが、生きてこそ歴史を動かすことができたというか、夫に先立たれてからの気力が本当にすごいと思います。
伊東 これまでの歴史では、あまり取り上げられなかった女性が、実は歴史上の重要な鍵を握っていたとされるようになったのは、ここ10年ほどのことです。名を残した男性の陰にも必ず女性の力があります。こうした女性の発見は今後も続くでしょう。高島さん、これからも日本の素晴らしい女性をどんどん演じてください。わたしも、どんどん書いていきます。
伊東潤プロフィール
いとうじゅん 1960年神奈川県生まれ。『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞。『巨鯨の海』で山田風太郎賞。『峠越え』で中山義秀文学賞ほか。著書多数。
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