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若林正恭「本気であれば伝わる、と信じている」

若林正恭「本気であれば伝わる、と信じている」

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』刊行記念


ジャンル : #随筆・エッセイ

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(若林 正恭)

――この3カ国以外には、どこかありますか?

国内になっちゃうんですけど、青森の縄文時代の遺跡・三内丸山遺跡です。青森でライブをやったついでに寄ったことがあるんですが、すごく楽しかった。縄文時代って、米の耕作がまだ始まっていなくて、獲物を取ってきてもどのみち腐っちゃうから、1人で食べられない分はみんなで分けて、争いが少なかったって本に書いてあるんです。でも、本当なのかな? 人間ってそんなことある? と思っていて。だから行きたい国はないですけど、本当、ファンタジーみたいでお気楽な答えなんですが(笑)、タイムマシーンで縄文時代に行きたい。

――あとがきの「コロナ後の東京」は、どうしてこのようなテーマになったんですか?

本当に家にいなきゃいけない自粛期間が2週間ぐらいあったじゃないですか。その頃にあとがきを書いていたんですが、その少し前ぐらいの時期を思い出したら、店が軒並み閉まっていて、ショーウィンドウの中に商品がなくて、いつもの東京じゃないな、っていう感じがして。まるで海外旅行に行くときのような気持ちになったんです。

――芸能界やテレビの世界から見て、この社会の変化をどう感じていらっしゃいますか?

お客さんが入っていて近距離で絡むのがいいよね、っていう価値の確認になった体感はあったんですけど、それでもやっぱり新自由主義ってしぶとくて、コロナ前に戻ってきている感じがしてます。もうちょっと価値観の変動があるかなとか思った。自分でも不安になるぐらい、どうなっちゃうんだろう、って見てたんですけど、やっぱりシステムって、いい意味でも悪い意味でも、しっかり構築されてるんだな、と感じてます。

©️文藝春秋

――お父さまのくだりを書いた文章でも、会って話すことは大事だと考えたと思うんですが、コロナ禍の中で、たとえばお客さんと直に会える舞台をより大事にするようになった、というような変化はありますか? 

ライブができない期間がずいぶん長かったので、ライブをやりたいなっていうのはもちろんあります。あと、ずっと同級生とリモート飲みをやってたんですが、会って話したいなって思ってしまう。それはみんなも言ってました。リモートでいいじゃん、ってなったのって会議ぐらいですよね。

――書き下ろし部分を含めてできあがった文庫を、お父さまだったらどういうふうに読んだと思いますか?

親父はね、俺のことは褒めないですからね。読んでも何も言わなかったと思うんです。でも、キューバの音楽のことは、すごく聞いてきたんじゃないかな。親父は音楽が好きだったので。
親父が死ぬまでの期間は、2カ月ぐらい、病院でも自宅でも横にいたので、僕の中で1日に対する感覚が変わりました。新自由主義っていうのは、長期の人生のデザインも考えさせようとしてくるんですよ。長期的にこのスペックに辿り着いてないと、と想像して、今の自分と比較して自己肯定できなくなってしまう。そういうことを僕は繰り返してきたんですが、親父の最後の姿を見てからは、1日楽しめることは楽しもうと思って。それで、夜中に1人で(バスケットボールの)スリーポイントシュートを打ったりしてるんです(笑)。

――お父さまがご存命だったときも、テレビなどで、活躍しているご自身の姿を見せたいという気持ちはあったと思いますが、お父様を亡くされて意識が変わりましたか?

テレビでもラジオでも、収録1本に対する考え方が変わったのかなと思います。でも、親父との最後の日々は、強烈な体験でした。寝たきりになったら、残されているのがテレビしかない、っていうのを見ましたから。テレビは横になっても見ることができて、スイッチを押すだけですからね。本もページをめくったら、もう息が上がっちゃうっていう状態だったので。歯磨きもできなかったし……。

――2年前、あるインタビューで、小説にもチャレンジしていきたいとおっしゃっていました。

だんだんわかってきたのが、漫才やコントをやっていると、たとえば別の女性になったりすることがあると思うんですが、僕はそれが苦手なんです。僕はタイプ的に、意外と自分のことしか喋れないし、他人に自分が憑依して表現するってことが苦手で。小説よりもエッセイの方が向いてるんだなって、10年ぐらい書かせてもらってる中でわかってきました。分断がどうだ、格差がどうだって本に書いてる割には、人のことを想像できてないんだな、って。

――本を書き終えて、こういう社会状況で、またご自身の人生のステージが変わって、今後ご自身はどういう風になっていくと思いますか。

「けったい」であることを許していこうと思っています。たとえば若い子の前で、すぐに『キン肉マン』のたとえをしちゃうんですが、若い子は「おじさんのたとえで分からない」ってなりますよね。でも、そう言われてもいいというか、許していこうという気持ちがあります。

©️文藝春秋

――『ナナメの夕暮れ』でも自分探しは終わりだと宣言されていました。ラジオでも、よく「おじさん」であることを積極的に話していますね。

ポリコレだとかコンプラが非常に強くなっていて、おじさんは一番あとまわしにされていることが気になっているんです。おじさんは傷ついても大丈夫、おじさんが太ってることは誰もが言っていいみたいな……だけど実際僕らはおじさんだし(笑)、そういうこともどんどん言われていこうかなって思っています。
この間ゲストで来てくれた女優の高橋ひかるちゃんも言ってくれたし、若いラジオリスナーからの声も届くんですが、「『キン肉マン』は知らないから、逆に自分たちにとっては最新の情報。調べて面白そうだから、読み始めました」ということが結構あるんです。おじさんが本気で対象に興奮して楽しんでいれば、伝わることもあるんじゃないかなと思います。

――ラジオでも「興味と愛だけは捏造できない」とおっしゃっていましたね。

商業だから、ものを作る側は「これをやっている、持っている人はイケてるんですよ」って思わせないといけない。自分の人生は、そういうものに幅を決められているんじゃないかっていう気が常にしていました。でも、もっと自分が興奮することを探していくと、年齢問わず何かあるんじゃないかなって思うんです。本気であれば伝わる、と信じているところがあります。

――旅行を通じて強く認識した“血の通った関係と没頭”とは、まさにそういうことですね。ありがとうございました。

文春文庫
表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬
若林正恭

定価:869円(税込)発売日:2020年10月07日

単行本
ナナメの夕暮れ
若林正恭

定価:1,320円(税込)発売日:2018年08月30日

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