- 2020.12.04
- インタビュー・対談
いとうせいこう「自分を使って何か別なものを呼び寄せる不思議な執筆体験でした」――『夢七日 夜を昼の國』刊行記念インタビュー
聞き手:Voicy 文藝春秋channel
ジャンル :
#小説
『想像ラジオ』から7年。いとうせいこうさんの新作小説『夢七日 夜を昼の國』は、想像力、そして言葉の力を知り抜いたいとうさんだからこその、渾身の作品です。
交通事故の後意識不明になってしまい、「私」の夢を渡り歩く木村宙太を描く「夢七日」。自らを主人公として書かれた物語のことを、ネットを通じて発信しようと語りかけてくる少女・染乃の「夜を昼の國」。2つの小説が生まれた裏側、そして小説を書くということについて、いとうせいこうさんにお話いただきました。
音声メディアvoicyの「文藝春秋channel」にて配信した内容を一部、活字にしてお届けします。
音声全編はコチラから→https://voicy.jp/channel/1101/106525
『夢七日 夜を昼の國』収録作あらすじ
「夢七日」
交通事故に遭い、意識不明となった木村宙太。3.11の後、原発で働いていた君だが最愛の妻の呼びかけにも応じられない深い眠りの中にいる。2019年11月、私は君に、日々ささやきかける。――君よ、目覚めよ。
「夜を昼の國」
1710年、身分違いの悲恋で心中し、恋人・久松と共に「書かれた世界」に放り込まれてしまったお染。歌舞伎や浄瑠璃に脚色され、名誉を傷つけられてきた彼女は今また生き返り、ネットでの中傷に立ち向かおうとする。
「夢七日」の執筆の経緯
――「夢七日」は2019年12月、学会のために訪ねていたパリで書き始めた物語とお聞きしています。実際に執筆を終えるまではどのくらいかかったのでしょうか。
僕はものすごく早い印象だったけど、結局半年はかかったのかな。書くのはものすごく早い方なんですけれど。次の作品(「夜を昼の國」)にすぐにとりかかったのは6月くらい、ということは、5月には書き終えていたということなので、5か月くらいで書き終えたんじゃないですかね。
――「短く感じたけれども、実際にはある程度かかった」とは、やはり推敲に時間がかかったということでしょうか。
もちろん7日くらいがいいだろうな、というのは計算があって書き始めています。夏目漱石の『夢十夜』を短編連作ではない形で書くとするとこのくらいかな、10は多いなと。
基本的には自分で日記をつけて、あるいは世の中でその時、何が本当に起こったかをデータでひっぱってきました。その表を見ながら、いかに「私小説的な事柄」を「私小説ではない小説」に捻じ曲げて書いていくか、自分ではある意味楽しんだというのが、執筆過程ですね。
それをやるためには――近頃は「櫛を入れる」って自分で言っているんですけれど、そういう書き方をしています。自分が楽しむために、苦しみながら書くよりは、書けるとこだけどんどん書いていっちゃう。ある程度つじつまがあわなくても、書き進めていいって自分で考えるようにするんですね。
そして「櫛を入れる」ように、ひずみを取っていくとか、「ここは通りが悪いから1人登場人物を増やしてみよう」とか、後から編集するやり方を好んでいるんです。そういう自分の短篇の書き方を中編にも応用してみようかなというのが、テクニカルに言えば、今回の「夢七日」で使った方法でしたね。
「私」が「君」になった時、物語が動き始めた
一番最初は、「私」の夢の話だったんです。「私」が夢を語っていくけれど、その夢の中でまた夢を見てしまう。どんどんどんどん、下の階層まで行く、そのこと自体が面白かった。さらに「私小説」なのに、違う国で起こってる出来事なんかも、物語の中に入り込んでくる。下に行けば行くほど、沢山の世界と繋がっていることがわかっていくんです。
ただ、「私」を使っている限り、「目が覚めて、書き出す」ってモチベーションがないと、文章が成立しないというか、次元が成立しないんですね。「誰が結局書いてるの?」ってことになるから。でも、どうしたらいいのかなと思いながら、勝手に書いていってしまった。
ある時「私」を「君」にまとめて変換してみたら、「君は夢を見ている」という文章が出てきた。この方が、人の気を惹くなって思いました。何かはよくわからないですけれど――つまり文体を作るってことですけれど――「君」と呼びかけた方が面白い、そしてさらに、「君は夢を見る」って言われてる方が面白いなと。
よく二人称小説ってあるんですけれど、ちょっと押し付けがましいところがあるんですよね。「君はこうして電車に乗る」みたいな。「私」で書いていたから、押しつけがましくなく、ちょっと気を惹くやり方になった。しかも「君は眠る」という文の暗示的な要素が、二人称の上に強く出てきました。ただ「君」と言っている以上は、当然「君」と呼ぶ「私」は誰か、という問題が出てくるわけです。その両者を考え、思いながら、ずっと書いていきました。
そして、木村宙太が現れた
執筆中のどの地点かは忘れたけれど、交通事故で意識を失って寝たきりになっている人がいて、その人に「君」と呼びかけている「僕」がいるってことがわかってきました。実際にそういう友人はいたんです。もう亡くなりましたけれど、何年も意識がなかったミュージシャンの友人がいた。彼のことももちろん思い浮かんでいたけれど、彼を思わせる人物にしちゃうと、私小説に寄ってしまうから、それをゆがめたい。「違う風にしたい」って思った時、すぐに「木村宙太」って名前がでてきたんです。
「木村宙太」は『想像ラジオ』という小説の中に出てくる人です。ただ「木村宙太」って名前は先に出てきちゃったけれど、どんな人かはもう忘れていて(笑)。いい奴だったなっていうのは覚えてるんですよ。すごく好きなキャラだったんです。パンクバンドやってて。そこで『想像ラジオ』を取り出してきてみたら、「あ、そうそう背中に刺青入ってる奴だ、あの一本気(いっぽんぎ)の奴だ」と思い出した。
「この人が意識を失ったら書く僕は、そして読者はつらいだろうな」と思いましたね。実体験を用いながら書いた部分より、木村宙太の部分のほうが私小説っぽくなったというか、木村宙太に対する自分の思いが出てきました。奥さんもいるだろうな、とか。
話の筋がスーッと出来てきたから、今度は木村宙太がいてもいいように、また髪を梳くみたいに、頭から全部文章を直しました。そしてまた次に、と続きをどんどん書いていく。そういうやり方で書きました。だから、プロットを一個も書いていない小説のやり方です。ある意味、行き当たりばったりに見えて、頭の中で計算していることが楽しいっていうタイプの書き方でしたね。