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いとうせいこう「自分を使って何か別なものを呼び寄せる不思議な執筆体験でした」――『夢七日 夜を昼の國』刊行記念インタビュー

いとうせいこう「自分を使って何か別なものを呼び寄せる不思議な執筆体験でした」――『夢七日 夜を昼の國』刊行記念インタビュー

聞き手:Voicy 文藝春秋channel


ジャンル : #小説

『夢七日 夜を昼の國』(いとう せいこう)

小説は四次元?

 「夢七日」に書いたかな。小説に出てくる登場人物が、一緒に小説を読んでいるような感覚とかあるんです。登場人物が小説を先取りして読んじゃってる時も。「なんでこんなセリフがあるんだろう?」って思うと、登場人物が僕の小説を全部、今僕が書いている地点以上に読んでいるんですよ。で、「あ、そっちに行けばいいのね」って示してくるから、それに向かって書くことがあります。そういう、なんか不思議な、四次元的なことが起こるっていうのが、すごく重要なことだと思いますね。

 やっぱり小説は四次元なんですね。例えばいい小説を読んでいる時って、電車を乗り過ごしますよね。あれがあると、いい小説に出会ったなって思えるじゃないですか。小説は時間も、体験に対する態度も歪んでくるもの。それが、紙と筆記用具で生み出せるなんて、とんでもないテクノロジーか何かですよね。

 「小説とは何か」ということを、誰もちゃんと言ったことはないと思います。フランスのある種の人達がテキスト論という形でやってはいますけど、テキスト論がちゃんと、「なるほど」っていう体系で読めたことはなくて。でも、この小説の次元は、感じてる人は感じてると思うんですよね。

 だから逆に言うと、2度「降りてくる」経験が起こせるかどうかは、やり方がわからない。僕は書き方もどんどん変えてくからなんですけど、次も起こるかはわからない。でも今回、「夜を昼の國」を書いて、柄谷さんの言葉も思い出して、「ほーらね、3度目あったじゃないですか」って自分の中で言ったけど……。「これは5度あるな」って思ったんですよ。とにかく長生きさえしてれば。記憶力がないというのは逆に言えば、毎回新鮮な気持ちで書けるわけだから、もうあと2度は起こるんじゃないかなって。意識しないで、楽しんで書いてしまえば、「降りてくる」ことが起こるなと。

「小説を苦悩で書く時代は終わった」の意味

 今はもう行方不明になってしまって、おそらくどこかで亡くなってると思うんだけど、マドモアゼル朱鷺(とき)っていう占い師と付き合いがあったんです。トランスジェンダーだったんですけれど。彼女は新宿で、中上健次さんなんかにも気に入られてたらしくて、すごく言うことが面白かった。彼女が、まだ21世紀になる前かな、「いとうさん、小説を苦悩で書く時代は終わりましたよ、中上で」って言ったんですよ。

 そのことは、当時の僕にとってはものすごく謎だった。でも彼女は、「いとうさんは楽しんで書きなさい」と言っていました。今は、すごくよくわかります。やっぱり文学って苦しんで、がちがちで書こうとしちゃうから。でもその時には降りてこないね。

 楽しむといっても、自分のためとは限りませんからね。人のために書く、誰かを鎮魂するために書くとか。これ書いたら、あいつ喜ぶだろうなと思って書くと、不思議と自分を離れて筆が動いていっちゃう。その快楽っていうものが、彼女が言っていた、「苦悩で書く時代は終わった」っていうことなのかな。

 苦悩ってねえ、作家の苦悩なんて大した事ないじゃないですか。柄谷さんが文学を離れた時だって、結局、文学という名において人が不幸であるなら、そんな不幸な社会はいらない、社会を変えればいいんだ、っていう考え方ですからね。それはすごく正しいと思うし。

 だったら、社会を変える変えないに関わらず、“joy” が伝わるもの、そしてその波動が、読んでる人の中にも入っていって、勇気になっちゃったり――もちろん悲しんだっていいんだけれども、あるハートムービングなものが生まれる。あるいは頭が動く、脳みそが動くことのほうが大事なんじゃないかな、と思っていたけれど。……このことなんだなって、今わかりました。言ってみないとわからないじゃないですか。書く時もこういう感じです(笑)。

 

音声全編はこちらから→https://voicy.jp/channel/1101/106525

単行本
夢七日 夜を昼の國
いとうせいこう

定価:1,870円(税込)発売日:2020年10月29日

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