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新・松本清張賞受賞作家のデビューまで――『震雷の人』(千葉 ともこ)

新・松本清張賞受賞作家のデビューまで――『震雷の人』(千葉 ともこ)

「オール讀物」編集部


ジャンル : #歴史・時代小説

『震雷の人』(千葉 ともこ)装画:王浣

中国というジャンルへの挑戦と決意

――オリジナルの登場人物が多い中で、季明の叔父である顔真卿については唐代の実在の政治家であり、書家として大変に有名な人物です。2019年には東京国立博物館で展覧会が開かれ、甥である季明の悲劇の死を悼んだ「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」も展示されました。

千葉 もともと変わった人物を小説の登場人物にしたくて、歴史上の異色の人を探していたところに出会ったのが顔真卿でした。特に私が公務員勤めを長年していることもあって、役所の中の変わった人に興味があったんですが、顔真卿は高官との意見の対立を曲げずに地方に左遷されてしまう頑固爺といいますか、それでいて政治家として先見の明があって、中央の朝廷が安禄山謀叛の予兆を見極められずにいる中、いち早く戦への備えをはじめています。

 芸術家としても革新的な書を遺した人物で、私も特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」を観に行きましたけれど、その文字からは人間の感情の豊かさが溢れだしているというか、その感性にはすごく惹かれました。ただ、激動の中でぐらつかないためには何が大切かというテーマを考えたとき、それは基本に立ちもどることにあるのではないかと私は思っていて、「震雷の人」そのものである顔真卿を主人公にするのではなく、……そこで描こうとした市井の人々や、領土拡大を目指していった唐の時代の文官と武官、中央と辺境、漢族と異民族の対立、分断などの出来事、構造は入れ込みながら、やはり「永」という基本の一字を名に持つ兄とその妹、国の基本である名もなき民を核とした物語にしようと思いました。

 唐の時代というのは、今の日本に脈々と引き継がれているものが多くて、たとえば現代の日本の行政には、唐の律令官制の概念が残っています。遣唐使もさまざまな文化を日本に運んできていますし、活字の明朝体についても顔真卿の楷書がルーツにあるといわれ、あまり遠い国のような気がしません。今回の『震雷の人』は初めて書いた長編だということもあって、書きたいことを書いていったら700枚を超えてしまって、泣く泣く応募規定ぎりぎりの600枚に収めました。ここに書ききれなかったこと、そして他にも唐の時代で書きたいことはたくさんあります。

――松本賞を受賞されてから身の回りに変化はありましたか。

千葉 一番変わったのは、小説を書いていることが周囲に知れたことでしょうか。今までも隠していたわけではないのですが、「小説を書いていたなんて全く気付かなかった」と驚かれました。子どもたちも受賞後の変化を感じていて、お母さんがどこかに行ってしまうんじゃないかと、心配させてしまったようですが、私自身は毎朝書いてから出勤するスタイル、楽しませることに全力を尽くすという心持は、以前と何も変わりません。

 いずれは、現代ものも書きたいですし、ミステリーやファンタジーも読むことは大好きですが、やはり、これまで一番読んできたのは、北方謙三先生と宮城谷昌光先生の中国もの。同じジャンルを書いているというのも今はまだおこがましいですが、自分の中でまずはこの方向でしっかり前へ進んでいけたらと思っています。

プロフィール

ちば・ともこ 1979年茨城県生まれ。筑波大学日本語・日本文化学類卒業。現在、水戸市在住。2020年『震雷の人』で第27回松本清張賞を受賞しデビュー。


写真:榎本麻美
ヘアメイク:西尾潤子(socca)

単行本
震雷の人
千葉ともこ

定価:1,540円(税込)発売日:2020年09月17日

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