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渡さない交換日記

渡さない交換日記

文:浜田 真理子 (音楽家)

『森へ行きましょう』(川上 弘美)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『森へ行きましょう』(川上 弘美)

 次にお会いしたのはそれから何年も経ってからだ。作家の古川日出男さんが2013年夏に福島県郡山市で始められた「ただようまなびや~文学の学校」だった。

「ただようまなびや」とは東日本大震災や福島原発事故について語り伝える自分の言葉を探るという取り組みで、作家、学者、詩人、俳人、翻訳家、書家、脚本家、写真家、音楽家たちが講師として集められ、講義や対談やワークショップをしたりするもの。

 そうそうたる講師陣の中にわたしも誘っていただいて(誘ってくれた人の名前は森さんだった)、初めは尻込みをしたけれど、講師は他の講師の授業に出てもよいと言われ、好奇心には勝てず結局は末席に名をつらねたのだった。そのサマースクールには2013年と14年の二度参加した。

 

 さて、その文学の学校で川上さんとゆっくりお話をしたのは二年目のことだった。わたしは前年に続いて歌詞を作るワークショップをしたのだが、それ以外にも一コマ川上さんとご一緒する時間割が組まれた。題して「川上弘美による浜田真理子インタビュー」。なんと、わたしがインタビューされる側!

 前年にわたしは「森へ行きましょう」を含む新作オリジナルアルバム「But Beautiful」を出したばかりだったので、それを題材に川上さんから投げかけられる鋭い質問に答える形で歌詞や作詞法についてあれやこれや話したのだった。今思えば、あの時から川上さんには小説「森へ行きましょう」の構想があったのだろう。

 

 二日間一緒に過ごしてすっかり親しい気持ちになって、打ち上げでもわたしは川上さんの横に座った(また打ち上げ)。

 みな思い思いに雑談をしていたが、充実した二日間だったから、なんとなく心楽しい空気が漂っていた。そんな開放的な気分や乾杯のビールも手伝って、わたしは川上さんに当時抱えていた悩みを打ち明けた。川上さんはちっとも嫌がらずにわたしの話を聞いてくれた。

 その時わたしは本の雑誌社のWEBサイトで自伝エッセイを連載していて、それを本にするべきか迷っていた。連載を始めたときは、いつか本になったらいいなという気持ちで書いていたのだけれど、ある人に言われた「こんなの読みたい人いるのかな」という言葉がずっと心にささったままだったのだ。そんなことぐらいでと言われそうだが、わたしは結構打たれ弱いのだ。

 ぐずぐず悩むわたしの背中を押してくれたのは川上さんだった。川上さんはわたしのその連載を読んでいて、続きを楽しみにしてるよと言ってくれたのだ。その言葉とナイフみたいにささったあの言葉が心の中でシーソーして揺れた。嬉しいくせに、それって社交辞令かな? とか、心の中でまだ疑ったりしていると、だめ押しの一言。「わたしが帯を書くから、絶対出したほうがいいよ」。「絶対」という言葉にディレイがかかって響いた。

文春文庫
森へ行きましょう
川上弘美

定価:1,045円(税込)発売日:2020年12月08日

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