『じんかん』今村翔吾
昼間 戦国武将の松永久秀を扱った一冊ですね。最初は「“じんかん”ってどういう意味なんだ?」と思っていたんですが、読み終えたあと、タイトルに込められた作者の意図がふっと自分の胸に落ちて素晴らしい。これまで松永久秀といえば、悪人とか嫌われ者といった印象がありましたけど、実は部下がずっと従っていたりと、リーダーシップに溢れている。ビジネス書的な側面から見る新たな久秀像というか、久秀の再評価にがる力作だと思います。大長編でありながら、あっという間に読めてしまうのも今村さんの力でしょう。装丁が挑戦的なのも好感を持ちました。
田口 本当に面白い作品でした。これは個人的な好みの問題ですが、あえていえば、「なぜ生きるのか」という部分をもっとサラッと書いてほしかったですね。あとはヒロイン役とも言える日夏の描かれ方がもっと違うと、さらに良いんじゃないかとは思いました。
阿久津 たしか昨年、田口さんが「歴史小説は史実があって、その間に創作の部分を置かなきゃいけない」という意味のことをおっしゃっていたかと記憶しています。『じんかん』はその部分でのテクニックがすさまじい。素直に、「めっちゃ面白いじゃん!」と言いたくなりました。
市川 私も前半はとても面白いと思いました。他にも胸が熱くなる展開が続き、松永久秀の少年時代の成長譚として素晴らしい。ただ、後半になると中間管理職になってしまった久秀が周りに引きずり回されて困るという展開になってしまったのが惜しいなと。
内田 前半は完全に今村さんが作った創作の部分ですよね。そこが面白いというのは、作家として実力が高いことを示しているんじゃないですか。あと、章と章の間に、信長の語りを入れるアイデアがすごいですね。信長に語らせるというのは、仮に思いついたとしても「そんな漫画みたいなことできるだろうか」って、普通の作家だと捨てるアイデアだと思うんです。そこをあえてやっているのもいい。
市川 僕は戦国時代が大好きなので、ちょっと言わせてもらいますと、松永久秀って『バットマン』でいうところの“ジョーカー”。将軍を殺したり、自分が仕えた主を殺したりするけど、我々は久秀のことが大好きなんです。それはなぜかというと、人間は誰しも普段は表に出さないけれど、当然悪の部分があって、それを久秀が容赦なくやったことに対して、どこか快哉を叫びたいという気持ちがある。だからこそ松永久秀を描くのであれば、現在流布している松永久秀観を飛び越えるくらい面白いキャラクターにしてほしかったですね。
阿久津 つまり、市川さんは『じんかん』では久秀の悪行に対して、「実はこうせざるを得なかった」という理由付けがなされているのが不満なんですか?
市川 そうですねえ。個人的な思いであることは分かっているんですが、扱ったのが松永久秀じゃなかったら、私はもっと評価しました。今村作品が好きだからこそ色々言っちゃいました(笑)。
内田 今村さんは去年も『八本目の槍』でこの賞の候補に挙がっている、大注目作家ですよね。現在『別冊文藝春秋』に連載中の「海を破る者」もすごく面白いですよ。
昼間 『じんかん』は、直木賞候補になってますし、先日は山田風太郎賞を受賞しました。この「本屋が選ぶ時代小説大賞」が、これまであまり歴史時代小説を読んでこなかった人に対して入り口を広げて、好きになってもらう意味合いがあるのだとすれば、今村さんはうってつけだと思います。今村さんは今回の候補者の中で見ても、本格的に歴史ものの単行本も出せば、「羽州ぼろ鳶組」シリーズ(祥伝社文庫)や「くらまし屋稼業」シリーズ(ハルキ文庫)といった、書き下ろしの時代小説文庫も出してという、居そうで居ない稀有な存在なんです。そういった意味でも、今村さんが受賞することでさらに広がりを生むような気がします。
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