『絵ことば又兵衛』谷津矢車
――続きまして、『絵ことば又兵衛』の講評をお願いします。戦国武将の荒木村重の子で、江戸時代初期に活躍した絵師・岩佐又兵衛の一代記ですが、谷津さんはこの賞の候補は五回目、『廉太郎ノオト』(中央公論新社)が青少年読書感想文全国コンクール高等学校の部の課題図書になるなど目ざましい活躍をされています。
田口 今作も本当に面白かったです。「絵師を描くなら谷津さんだよね」という安心のブランドがついに確立されたんじゃないかと。これまでも絵師の物語は書いてこられましたけど、以前は、親子の対立のような軸やロジックがはっきりしすぎていたように思います。谷津さんがお若いからというのもあったかもしれませんが、「ここはもう少し歳を重ねると、見方が違ってくるのにな」なんて思うことがあったんですね。それが今作では、父と子の視点が描かれていても、どっちに転んでもいいようなフラットなスタンスで書かれていて、それも良かったです。
市川 私も同じことを思いました。ロジックに頼るのではなく、そこから突き抜けたことで素晴らしい作品になっているなと。
田口 あとは、いままで以上に創作部分が多いのも好感を持ちました。これまでは史実を大切にしすぎるあまり、もうちょっと物語を膨らませても良いのにという惜しい気持ちがありましたが、新たな武器を手に入れてさらにパワーアップされたんじゃないでしょうか。
昼間 私は田口さんとは逆の意見で、谷津さんはクリエイターものを多く書かれているからこそ、読み手側のハードルが上がってしまい、そこまでの驚きを感じにくくなってしまっているような気がします。又兵衛の吃音など、文章でなかなか表せないものを文字で表現しようとするチャレンジングな姿勢は素晴らしいと思うのですが……。とはいえ、谷津さんの本をきっかけにして、小説で描かれている絵を見たくなったり、その人を調べてみたいと興味を持つ方も多いと思うので、続けていただきたいところではあります。
内田 芸術を小説で描くことの難しさってありますよね。どうしても岩佐又兵衛の絵を直接見るのにはかなわないというか、小説がサブテキストにならざるを得ない。そこを突破しようと谷津さんはいつも挑戦してらっしゃると思いますが、私としてはあと一歩というところがありました。
阿久津 私はまたちょっと違う感想を持っていて、今作は漫画の『美味しんぼ』的な構造があるなと感じているんです。
一同 『美味しんぼ』(笑)!?
阿久津 母親が父親に虐げられた葛藤を山岡士郎が料理にぶつけたように、又兵衛は自らの逆境を絵にぶつけたのかなと。その熱のようなものを小説から感じました。
市川 そういう意味だったんですね(笑)。序盤、初めて会った師匠に線の引き方を教わるくだりが私はすごく好きでした。阿久津さんの『美味しんぼ』の例じゃないですが、まさに映画『ベスト・キッド』のような世界観ですよね。絵を描くという地味なシーンなのに、読む側は興奮させられた。局面局面での主人公の心情描写も素晴らしく、私はこの本で三回泣きました。
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