早くも来年の注目作!?
――候補作以外にも今年注目すべき作品はありますか?
田口 文庫で二冊、滝口康彦さんの『異聞浪人記』(河出文庫)と仁志耕一郎さんの『按針』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)です。前者は組織の犠牲になっていく末端の武士を描いた六篇の短篇集で、いままでの武士像を塗り替えたところがあって、この時代に読めて良かったと思いました。『按針』はタイトル通り、三浦按針を描いた書き下ろし時代文庫なんですが、日本人妻の解釈が新しいと感じました。江戸時代初期に日本に来た彼の思いが詰まっています。
単行本では、小説すばる新人賞受賞作、佐藤雫さんの『言の葉は、残りて』(集英社)です。鎌倉三代将軍、源実朝と妻の信子とのエピソードには、年甲斐もなくキュンキュンさせられました(笑)。
昼間 吉川永青さんの『憂き夜に花を』(中央公論新社)ですね。これはコロナの時代にぴったりの小説です。享保の大飢饉のときに花火職人が、第一回の隅田川花火大会を成功させる物語です。目に見えない危機にどう立ち向かっていくべきかという、いまと似たような状況の中、花火の力で、闇だけじゃなく人の心も明るくしようという、江戸っ子の心意気が感じられる一冊。私自身、東京出身で、これまで隅田川花火大会を特に考えもせず見ていましたが、もし来年隅田川花火を生で見たら、たぶん涙が出てきちゃうと思います。
市川 私が紹介したいのは、今年八月に文庫版最終巻を迎えた酒見賢一さんの『泣き虫弱虫諸葛孔明』(文春文庫)。この作品はタイトルが示す通り、皆さんご存知の三国志時代の蜀の軍師・諸葛孔明を主人公にした作品なんですが、独自の面白い解釈に溢れていて、たとえば劉備玄徳をアントニオ猪木に見立てているんです。作中でも「ムフフ」「ダハハ」といったセリフもあります。これは三国志とプロレス、両方のファンじゃないと伝わらないと思うんですが、アントニオ猪木という人物はプロレスで儲けたお金を散財してしまい、周りの人が離れていったりもするんだけど、なぜかカリスマ的な魅力を維持したまま、人気は衰えないんです。一方、劉備も一般的に浸透している『三国志演義』では正義の人として扱われていますが、陳寿が書いた正史『三国志』では、意外とずる賢かったり、だらしなかったりする人物として描かれている。作者の酒見賢一さんはそこに共通点を感じて、見立てたのではないでしょうか。他にも、諸葛孔明が某有名世紀末ロボットアニメのテーマソングを歌ったりと奇想天外な小説になっております。Kindle版で第壱部の冒頭は無料で読めますので、ぜひこの作品の面白さに触れていただけましたら幸いです。
阿久津 私からお薦めしたいのは吉森大祐さんの『ぴりりと可楽!』(講談社)です。江戸時代の噺家・三笑亭可楽が落語家になるまでの修業時代をメインにした物語ですが、テンポが良くてグイグイ読めるのと、現在活躍されている芸人さんを思わせる人が登場するなど、非常に楽しい。厳しい世の中ではありますが、前向きに生きていこうとする中で心に響くセリフがたくさん出てきます。
内田 私は来年出版されるんじゃないかと予想している作品を推薦します。米澤穂信さんが、KADOKAWAの「カドブンノベル」というウェブ媒体で不定期で掲載している、荒木村重を主人公にした中短篇シリーズです。兵庫県伊丹市にある有岡城が舞台となっているので、私は勝手に「有岡城シリーズ」と呼んでいるのですが、米澤さんがお書きになっているので、当然ミステリー色が強い。しかも、謎解き要素がある歴史小説というレベルではなく、本格ミステリを戦国時代の有岡城でやってのけるという、米澤さんならではの離れ業です。本格ミステリファンはもちろん、歴史小説ファンの方もぜひ大注目しておいていただければと思っております。
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