本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
時代小説、これが2020年の収穫だ! Part2 末國善己・選

時代小説、これが2020年の収穫だ! Part2 末國善己・選

文:末國 善己

当代きっての目利きが選んだ、絶対読むべき令和二年のベスト10

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

近代史ものが豊作。 注目の新人の作品も

 今回は近代史ものに名作が多かった。

 柳広司『太平洋食堂』は、貧しい人は無償で治療し、ユーモラスに政府へ提言を行った医師の大石誠之助が、なぜ大逆事件で処刑されたのかに迫っている。

 誠之助は、増税を行い、所得格差を広げ、労働者の権利を認めなかった政府と資本家を批判したが、その大部分は現代と重なる。そのため誠之助の言葉は、現代の問題点を解決する手掛かりになる。

 乃南アサ『チーム・オベリベリ』は、明治の北海道に渡り帯広を開拓した実在の団体「晩成社」の歴史を、リーダーの一人・鈴木銃太郎の妹で、横浜の女学校で学んだカネの視点で描いている。

 開拓団の直面した困難が圧倒的な描写で活写されていくだけに、逆境にあっても絶望せずに前に進もうとしたカネたちの強さは、厳しい時代を生きる読者に勇気と希望を与えてくれる。またカネたちが、差別と偏見にさらされていたアイヌをよき隣人として接するところは、共生の重要性を実感させてくれるはずだ。

 門井慶喜『東京、はじまる』は、日本の近代建築の基礎を築いた辰野金吾を主人公にしているが、単なる偉人伝ではない。師のコンドルのスタイルを否定した斬新な建築で名声を得た金吾が、最新の技術を学んだ若手に追い抜かれていくプロセスは、長く仕事をしていると誰もが経験するので、共感も大きいだろう。

 続いては、戦国ものである。

 木下昌輝『まむし三代記』は、長井新左衛門と斎藤道三の父子に、もう一代を加えた一族が、美濃を手にするまでを追う壮大な物語だ。全体を牽引するのは、正しく使えば国を豊かにするが、誤れば国を滅ぼす「国滅ぼし」なる最終兵器が何かという謎である。この謎が解かれると、現在も存在し、戦国時代より力を増している「国滅ぼし」を、現代人は正しく使えているかを考えてしまうだろう。

 今村翔吾『じんかん』は、梟雄(きょうゆう)とされる松永久秀を斬新な解釈で描いている。

 若き日の久秀が、現代でいえば非正規労働者に近い足軽たちの能力を最大限に引き出しながら、民をろにする為政者と戦う展開は痛快だ。ただ本書は勧善懲悪ではなく、改革を嫌う民が自分を虐げる為政者を支持する入り組んだ権力構造も浮き彫りにしていく。それが現代の日本に似ているので、やるせなさも募る。

 谷津矢車『絵ことば又兵衛』は、織田信長に謀叛を起こし一族は皆殺しにされるも生き延びた荒木村重の子で、絵師になった岩佐又兵衛を主人公にしている。

 著者は、権力者の庇護を受けているのでその意向に逆らえない苦しい立場や、名品も戦塵で簡単に焼失するはかなさに迫ることで、絵師の仕事とは何か、さらに敷延して働く意義にも迫っていた。

 父親を憎悪していた又兵衛の心境の変化を丁寧に追うことで、父子とは、家族とは何かを問うたところも見事である。

電子書籍
本屋が選ぶ時代小説大賞2011〜2020
オール讀物編集部

発売日:2020年12月22日

単行本
東京、はじまる
門井慶喜

定価:1,980円(税込)発売日:2020年02月24日

単行本
絵ことば又兵衛
谷津矢車

定価:1,925円(税込)発売日:2020年09月30日

単行本
わが殿 上
畠中恵

定価:1,540円(税込)発売日:2019年11月27日

単行本
わが殿 下
畠中恵

定価:1,540円(税込)発売日:2019年11月27日

単行本
わかれ縁
西條奈加

定価:1,650円(税込)発売日:2020年02月21日

プレゼント
  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/11/20~2024/11/28
    賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る