最後に、江戸ものを紹介したい。
『わが殿』は、畠中恵が初めて実在の人物を取り上げた歴史小説である。
越前大野藩七代藩主の土井利忠と、側近で誰よりも殿を敬愛する内山七郎右衛門は、藩の財政再建に着手する。二人は無駄な支出を削減する一方、明るい未来を作る事業は無理をしてでも財源を作り実現しようとする。利忠と七郎右衛門の奮闘を読むと、現代日本に足りないのが選択と集中ということがよく分かる。
西條奈加『わかれ縁(えにし)』は、離婚の申し立てができない女性をサポートする公事宿(くじやど)(現代の離婚専門弁護士事務所)を舞台にしている。夫との離婚問題に悩んでいた絵乃は、離縁調停を得意とする公事宿の手代・椋郎に救われ、宿で働きながら、自分の離婚を目指すことになる。
絵乃が挑むのは、嫁姑問題、子供の親権争いなど現代にも通じる案件ばかり。いつの時代も変らず女性が直面している問題が扱われており、女性読者は身につまされるのではないか。江戸の離婚を通して、男は働き女は家事をするといった考え方が、決して日本の伝統ではないと明らかにしたところも、興味深かった。
捕物帳は、十年ぶりに刊行されたシリーズの最新作となる風野真知雄『同心亀無剣之介 やぶ医者殺し』を挙げたい。
女弟子を殺した浮世絵師が別人の犯行に偽装する「浮世絵の女」、多くの患者に恨まれていた医者が毒殺される表題作などの三作は、倒叙ミステリなので犯人は冒頭に明かされるが、動機や殺害方法が隠されており、それが犯人と剣之介の攻防を、よりスリリングにしていた。
新人では、下水道の調査や現代でいえばアイドルの追っかけが趣味なため、変人と思われている幕臣の明楽久兵衛を主人公にした亀泉きょう『へんぶつ侍、江戸を走る』が印象に残っている。
久兵衛は、追っかけていた芸者が殺されたことで陰謀に巻き込まれるが、単純に思えた事件が実際に起きた大事件にがるので、史実と虚構の混交が鮮やかである。謎が解かれるにつれ、為政者の責務や社会の公平性とは何かなどのテーマが浮かび上がるので示唆に富んでいた。
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