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阿津川辰海×斜線堂有紀「特濃ビブリオバトル! 白熱の2万字対談」

阿津川辰海×斜線堂有紀「特濃ビブリオバトル! 白熱の2万字対談」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

電子版35号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

三回戦・探偵の存在意義を問う英国ミステリー

阿津川 さあ最終ターンに入りましたが、斜線堂さん、また見慣れない本を持っていますね。

斜線堂 なぜこの『「鍵のかかった部屋」をいかに解体するか』(仲俣暁生、舞城王太郎、愛媛川十三/バジリコ)を持ってきたのかというと、まず収録されている舞城先生の短編「僕のお腹の中からはたぶん『金閣寺』が出てくる。」が大好きだから。これは一種の密室殺人ミステリーで、玄関で主人公のおじさんが割腹自殺をするというシチュエーションもすごいんですが、さらにすごいのが、なぜかおじさんのお腹の中から石原慎太郎先生の『青春とはなんだ』という小説が出てきて……。おじさんのお腹という密室から本が出てくる謎に挑む。

阿津川 なるほど(笑)。つまり、タイトルの『金閣寺』は三島由紀夫の小説のことなんですね。

斜線堂 そう、それで一体どうしておじさんのお腹から『青春とはなんだ』が出てきたのかを探っていくと、人間のお腹を開けたら、それまで溜め込んだ言葉が形を変えて濃縮されて本の形をして出てくるんじゃないかという結論に辿り着く。どんな人間も割腹自殺したら本が出てくるのだと。

阿津川 あははは(笑)。

斜線堂 実際の小説家の名前も出てきて、例えば佐藤友哉先生のお腹からは『若草物語』が出てくるだろう、とか(笑)。そうして「僕のお腹の中からはたぶん『金閣寺』が出てくる。」というタイトルに至る。密室殺人の謎にもちゃんとした解決があるんですけど、とにかくこのアクロバティックな理論が強烈で、けれどしっくりとくるところもあるから好きなんですよ。

 あとこの本には舞城王太郎先生が生み出したキャラクターである愛媛川十三が舞城先生に向けて書いた手紙という体裁のエッセイも載ってまして、そのタイトルが「いーから皆密室本とかJDCとか書いてみろって。」なんです。

阿津川 あははは! すみません、ツボに入っちゃいました(爆笑)。

斜線堂 もうタイトルでオチてますよね。この中に「書くのに苦労して悩んで小説出すのが遅い人はミステリーを書け」という啓示が出てくるんです。どういうことかというと、ミステリーは一種の企画物であって、密室とか犯人当てとかアリバイとか、そういう人が考えた元からあるモチーフと手法を好きに使ってどんどんたくさん書けるんだから、みんなちゃちゃっと密室本(*4)とかJDC(*5)を書けばいいじゃない! と。そこで愛媛川十三は「俺は俺にとって面白いと思う小説を書けりゃいいと思ってる」、「そうやって書いた俺の小説が読まれている間は職業作家でいられるし、読まれなくなったらその後に考えるだろう」というようなことを言っているんです。

 私はこの言葉にすごく勇気づけられました。私はミステリーに対して憧れを抱きすぎているがゆえに、私に本格ミステリーを書くことができるのだろうかと迷ってしまうことがよくあるんです。自分の理想とするミステリーのあまりの遠さに挫けそうになったとき、この「いーから皆密室本とかJDCとか書いてみろって。」を読みます。するとミステリーは、それだけに限らず小説は、自分の好きなように書いていいんだという事実を思い出せるんです。そのことが私を奮い立たせてくれる。

阿津川 すごい本ですね。恥ずかしながらまったく知らなかったです。

斜線堂 私たちもお腹を裂いたら何かしらの本が出てくるはずです(笑)。

阿津川 何が出てくるんでしょうね。今回挙げた本のどれかでしょうか(笑)。

斜線堂 「いーから皆密室本……」に、作家たちが次々と小説を書いて、お互いに負けるものかと切磋琢磨する雰囲気になれば、きっと良い作品がどんどん生まれて充実する、という話が出てくるんですけど、私は阿津川先生の作品を読んで、まさに「負けるものか」と思ったんです。阿津川辰海に並びうる作品を書けなきゃ小説家として駄目なんじゃないかと。だから私はなおさら「ああ、愛媛川十三は正しいことを言っている……」とこの本に共鳴してしまうんでしょうね。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版35号(2021年1月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年12月18日

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