鮎川哲也先生の「鬼貫警部」シリーズが読みやすくなったのも、『逆転裁判』をプレイしてからです。例えば、『憎悪の化石』とかで、ある人物が隠していた事実を話すことで、一気に真実が見えてくるのも、『逆転裁判』における「証言→矛盾→手掛かり→解決」の流れとパラレルだと捉えたおかげで解像度が上がりましたし、『戌神はなにを見たか』では最初の手掛かりは「浮彫」「瓦煎餅」のふたつのみですが、これらを丹念に追いかけていくことで、容疑者を絞れたり、行動が分かったりと、ひとつひとつに小さな「謎解き」「発見」がある。それが最後に大きな手掛かりに辿り着いて、すべてを解き明かすわけです。私の密かなイチ押し『準急ながら』なんてほぼ全編かけて少しずつアリバイを崩す話といえます。私は大学のサークルの読書会で『準急ながら』を取り上げたとき、「鬼貫ものは現代の多重解決とまったく別のニュアンスで『全編解決編』と呼べないか」というテーマを立て、議論をしたことがあります。
解決編で最後に一気に謎を明らかにするのではなく、捜査小説みたいに推論をひとつひとつ積み重ね可能性を潰していくことで、一歩ずつ前に進んでいく。そこには、『逆転裁判』に見られる小さな謎解きを積み重ねるのと同じ楽しみがあることに気づきました。いま私が本格ミステリーを書けているのは、『逆転裁判』があったからとも言えるかもしれません。
斜線堂 実は私も、『楽園とは探偵の不在なり』を書くに当たって『逆転裁判』をプレイし直したんです。『逆転裁判』には、同じ偽証をするのでも“何か理由があってする人”と思い違いなどで“意図なくする人”の二種類がいるんですよね。それを参考に、証言者にあたるキャラクターを配置していきました。
阿津川 『逆転裁判』自体、大変な量のミステリーを踏まえて作られているんですよね。大学時代にサークルで『逆転裁判』の元ネタをすべて見つけるという企画をやったことがあるんですが、本当に古今東西のミステリーを元ネタにしていて驚きました。『大逆転裁判』をプレイしたときなんて、シチュエーションから謎解きまでジョン・ディクスン・カーのネタが使われているのがわかって、めちゃくちゃ興奮しました。第三話「疾走する密室の冒険」で馬車が法廷に持ち込まれた瞬間、「お前、『ユダの窓』をやるな!」って(笑)。
斜線堂 確かに『ユダの窓』だ(笑)。
阿津川 さらに第五話「語られない物語の冒険」は、カーの『第三の銃弾』という作品を思わせます。『第三の銃弾』は、一見単純な殺人に見える事件が三十ページごとに様相を変えていくという、私の大好きなタイプのミステリーなのですが、そうやって次々にフェーズが変わっていく感じが『大逆転裁判』に合っているんです。
ちなみに、斜線堂さんの好きなエピソードはどれですか?
斜線堂 『逆転裁判3』の最終話「華麗なる逆転」はなしですよね(笑)。
阿津川 そうですね。あれは集大成でみんな好きなので、なしで(笑)。
斜線堂 それなら私は『逆転裁判2』の第二話「再会、そして逆転」ですね。『逆転裁判』では霊媒という特殊設定が出てきて、綾里真宵という、主人公の助手がその術師なのですが、霊媒で死者を自分の体に降ろすと、なんとその人に体を乗っ取られ、姿かたちまで変わってしまうんです。そんな状況で、真宵がある女性を降ろし、その女性が真宵の体を使い、密室の中で人を撃ち殺した、という謎が展開される。こんなのあり? と思いました。心神喪失中の殺人なんて、どう弁護するんだ、とワクワクしました。
阿津川 あれはまさしく特殊設定好きの血が騒ぐ傑作ですね。私は『逆転裁判3』の第二話「盗まれた逆転」を挙げます。秘宝の壺が「怪人☆仮面マスク」という名前の男に盗まれて、それを名探偵を自称する男が追いかける。更に主人公の弁護士も窃盗犯と疑われた男を弁護するという、なんともややこしいストーリー(笑)。とにかく賑やかでガチャガチャしているのが大好きで、証拠品も構図の反転も入り乱れる。中でもひとつ、このシリーズでしか成り立たないどんでん返しに唸らされます。名作ミステリーを思わせる、犯人特定の決め手も鮮やかですね。
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