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阿津川辰海×斜線堂有紀「特濃ビブリオバトル! 白熱の2万字対談」

阿津川辰海×斜線堂有紀「特濃ビブリオバトル! 白熱の2万字対談」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

電子版35号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

阿津川 斜線堂さんの三冊目はすごい変化球が来ましたね。しかし、作家としての斜線堂さんの芯にある作品という気がします。それでは私も、やや毛色の違った探偵小説でありながら、私の作風に大きな影響を与えているフェイバリットの一冊を。『ハマースミスのうじ虫』(ウィリアム・モール/井上勇訳/東京創元社)です。

斜線堂 私は読んだことのない小説です。

阿津川 東京創元社のクライム・クラブという、一九五〇年代に刊行されていた叢書の一冊で(*6)、キャソン・デューカーというワイン商が探偵役。彼は人間が好きで、人間狩りが趣味なんです。敵役となる謎の恐喝犯の名前がバゴットといって、うじ虫を英語でいうとマゴット(maggot)なので、それに掛けているんですね。このバゴットは、架空の罪をでっち上げることで名士を恐喝し、金銭をまきあげるうじ虫のような男で、デューカーが彼を追うという筋の探偵小説です。

 面白いのが、被害者の家でその手口を聞き出す冒頭のシーンで、ここに実に三十ページも費やされている。バゴットは基本的にすべてが恐喝に結び付いた合理的で冷徹な行動をする男なのに、廊下である彫刻に目を留めて、しきりに感心して、話題に出した。冷静で論理的な犯罪者が、この瞬間だけ我を忘れて彫像を褒めた。デューカーはそのことをたったひとつの手掛かりとして、バゴットの人間性を見出し、ついに街からこの男を見つけ出すんです。

 でたらめに面白い小説で、ひたひたとデューカーがバゴットを追い詰めていくだけのストーリーが抜群に格好良い。ラストでは探偵が犯罪者を追い詰めたあと何が残るのかという問いに行き着くのですが、そこでデューカーが出す答えに私はものすごく痺れてしまいました。イギリス人、というものを描いたラストでもあるんです。

 この作品はデューカー三部作の一作目なんですが、これの続編『さよならの値打ちもない』もまたすごい。この小説でウィリアム・モールは、犯人を追い詰めていいのか苦悩する探偵デューカーの姿を描くんです。もちろんこれは「罪を犯さざるを得なかった人」の話でもあるのですが、その裏面として、一九六〇年代に探偵の存在意義に踏み込んだミステリー小説があったというのがまず驚きですよね。未訳の三作目『Skin Trap』という作品では、デューカーは半分くらいの段階で犯人を確定させてしまい、犯人に延々つきまとう。では、残りの半分で何をするのかというと、デューカーが、犯人を捕まえもせず、ひたすら彼と話す。一作目からデューカーと犯人の対話はあるわけですが、ここでは異常な紙幅が割かれている。殺人犯を理解することはできるのか、それを知るために延々と犯人と対話をするなんて、そんな探偵小説ありえないですよね。

斜線堂 そうですよね。

阿津川 MI5出身の元スパイというウィリアム・モールの来歴もあってか、私がイギリスの小説に求める格好良さと意地の悪さを備えながら、探偵の存在意義という地点にまで到達しようとするモールの姿勢には、『紅蓮館』とか『名探偵は噓をつかない』を書くに当たって大きな影響を受けています。

斜線堂 その時代に、探偵とはいかなるものかという命題を突き詰めているのはすごいですね。

阿津川 さあ、これで三冊ずつお話しできましたね。斜線堂さんの三冊は配球の練られたというか、バラエティに富んだラインナップだったのに対して、私は結果的に三連続イギリス人作家という、対照的な選書になってしまいました(笑)。自分好みの本も教えてもらえて、今日は斜線堂さんとお話しできて本当に良かったです。

斜線堂 いえいえ、こちらこそすごい刺激になりました。やっぱり、その方にとって特別な本をおすすめしてもらうのは最高に楽しいですね。でも、まだまだ阿津川先生とは語りたいことがたくさんあるので、是非またお話ししましょう。

阿津川 もちろんです!

*1 光文社が主催する長編の本格ミステリー小説を対象とした公募新人賞。二〇一五年に第一期の募集が始められ『名探偵は噓をつかない』が受賞。選考委員は東川篤哉、石持浅海の二名。

*2 アガサ・クリスティの作品に登場する架空の村。

*3 カプコンより発売されている「法廷バトル」ゲーム。第一作『逆転裁判』は二〇〇一年に発売、最新作は一七年発売の『大逆転裁判2 成歩堂龍ノ介の覺悟』。プレイヤーは弁護士となり、無実の罪で裁判にかけられている被告人の無罪を勝ち取ることを目指す。

*4 二〇〇二年に講談社ノベルス創刊二十周年を記念して刊行された、歴代メフィスト賞受賞者による全十六作の書き下ろしシリーズ。中身がすべて袋とじになっている。

*5 Japan Detectives Clubの略称。清涼院流水の作品に登場する探偵の集団。

*6 霜島義明訳の創元推理文庫版も二〇〇六年に刊行。


あつかわ・たつみ 一九九四年、東京都生まれ。東京大学卒。二〇一七年、光文社の新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」により『名探偵は噓をつかない』でデビュー。他の著書に『星詠師の記憶』『紅蓮館の殺人』。最新刊は『透明人間は密室に潜む』。

透明人間は密室に潜む

 

光文社

2020年4月21日 発売

しゃせんどう・ゆうき 上智大学卒。二〇一六年、『キネマ探偵カレイドミステリー』で第二十三回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉を受賞し一七年、同作でデビュー。著書に『私が大好きな小説家を殺すまで』『コールミー・バイ・ノーネーム』『詐欺師は天使の顔をして』『恋に至る病』『楽園とは探偵の不在なり』など。最新刊は『死体埋め部の回想と再興』。小説執筆の他、漫画原作やボイスドラマ脚本など幅広く活躍する。

楽園とは探偵の不在なり

 

早川書房

2020年8月20日 発売

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版35号(2021年1月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年12月18日

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