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阿津川辰海×斜線堂有紀「特濃ビブリオバトル! 白熱の2万字対談」

阿津川辰海×斜線堂有紀「特濃ビブリオバトル! 白熱の2万字対談」

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

電子版35号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

一回戦・知られざるキングの傑作ミステリー

阿津川 さて、今日はひとつ、編集部から要望がありました。好きな本を三冊ずつ持ち寄ってビブリオバトル風に語ってほしいと。はたしてバトルなのかは疑問ですが、好きな本について好きなように喋ってOKとのことなので、遠慮なくいきましょう。私は絞り切れずにいくつか持ってきてしまったので、この中から三冊お話しします(持ってきた本の全体は下の写真参照)。

 斜線堂さん、一回戦の先攻をお願いできますか。

斜線堂 はい。何より今日は阿津川先生とスティーヴン・キングの話をしたいと思って、『ドロレス・クレイボーン』(矢野浩三郎訳/文春文庫)を持ってきました! 『ミスター・メルセデス』が出たときに、キングが「初めてミステリーを書いた」と喧伝されていたんですけど、私は「初めてじゃないじゃん!」と憤った(笑)。

阿津川 ですよね。『ドロレス・クレイボーン』があるのに、と私も思いました。

斜線堂 この本は本当に優れたミステリーなんですよ。タイトルの「ドロレス・クレイボーン」は主人公の老女の名前なんですが、彼女に富豪婦人殺しの嫌疑が掛けられ、警察で取り調べを受ける。その過程で、ドロレスと富豪婦人の間には、十数年前のドロレスの夫の死をめぐる問題があることがわかってきて、それが驚きの結末に繫がっていく。

 女性の関係性の描きかたが『半身』や『夜愁』で知られる英国人作家サラ・ウォーターズを思わせるところもあり、私はキングの最高傑作と言ってもいいと思っています。だからキング最初のミステリーは『ミスター・メルセデス』じゃなくてこれだと言いたい。ちなみにこの作品は『黙秘』という邦題で映画化もされています。

阿津川 映画はどうだったんですか。

斜線堂 そもそもキングが当て書きして描いたといわれている女優のキャシー・ベイツ自身がドロレスを演じていて、原作に忠実な、非常にいい映画でした。阿津川先生は、キングだとどの作品がお好きですか?

阿津川 『シャイニング』ですね。子供の頃のホラー体験の、もっとも深いところに刺さっている作品です。もちろん映画も見ていますが、それより小説を読んだときの、すごく静かなのに確実に何かが起きている感じがとても怖くて、いまでも印象に残っています。でも好きなキング作品を訊かれて『シャイニング』を挙げるのはベタで少し嫌なんですけどね……。

斜線堂 その気持ちわかりますよ。

阿津川 続編の『ドクター・スリープ』にもすごく興奮しましたけど、まったく違うタイプの話ですよね。『シャイニング』が“静”だったら、ひたすら動き回る『ドクター・スリープ』は“動”って感じで。

斜線堂 『ドクター・スリープ』は映画版と原作でラストが違っていて、私は原作のほうが好きです。なんだか、キングが人生に希望を持ち始めているような、人間のことも段々と好きになっているような、そんな気配が感じられます。

阿津川 その感じはありますよね。

斜線堂 実は、どのキング作品を持ってくるか、迷いに迷ったんです(笑)。阿津川先生の好みを考えると『死のロングウォーク』か『最後の抵抗』もアリなんじゃないかって。先ほどご指摘いただいたように、私は破滅を描いた物語が大好きで、自分の小説でも冒頭に破滅の場面を持ってきがちなんですけど、それはキングの影響が大きいんです。

『ドロレス・クレイボーン』も取調室から始まる、いってみれば、ドロレスはなぜ破滅したのかを追っていくお話です。『最後の抵抗』は自宅の立ち退きに異様なまでに抵抗する男が、その狂気的な意地で破滅していく様を描いていて、冒頭は主人公のドーズととある男が何気ない会話を繰り広げ、十七ヶ月後に不穏な再会が起こることを明示しています。読者は十七ヶ月後という予め報されたタイムリミットを意識しながら、ドーズが何故大きな過ちを犯すのかを追っていく。その筆致のスリリングさが本当に素晴らしいんです。『死のロングウォーク』は、いま挙げた二作とは違う構成ですが、“ひとりしか生き残れない競技”という前提を最初に明かした上で「どうなるか知りたいよね?」とキングに目配せされている気持ちになる小説です。

 さっき阿津川先生は面白い小説はみんな伊坂作品に結びつくと仰っていましたが、私にとっては、面白い小説の源流には常にキング作品が鎮座しているという感じです。

阿津川 それをお聞きするとまた一段と、斜線堂さんの作品の解像度が上がりますね。それでは、一回戦の後攻に移りましょう。私は英国ミステリーがとても好きで、なかでもクリスチアナ・ブランドがイチオシです。とりわけ『緑は危険』(中村保男訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)がおすすめ。クリスティとも悩みましたが。ブランドはこの作品で、陸軍病院を舞台にして、戦争体験を色濃く反映した謎解きミステリーを仕立てています。そこでは人の死は日常茶飯事であり、爆弾も次々に降り注ぐ……そんな中で殺人事件が起こるんです。

斜線堂 シチュエーションを聞くだけで興奮しますね。

阿津川 三百ページくらいの決して長くない小説なのに、ブランド得意のどんでん返しで最後まで犯人を読ませず、犯人を特定するに至るロジックも鮮やか。ある物証からトリックをあっさり明かしてからの、告発合戦込みの推理の連鎖がアツいんですよね。私の小説に多重どんでん返しが多いのも、ブランドの影響が大きいです。彼女の作品では、物語の中盤になると登場人物たちがそれぞれの思惑を持って自白や互いの告発を始めるという展開がよくあるのですが、私はそれも大好きで。中でも『自宅にて急逝』はその密度が凄いのですが、さらに『疑惑の霧』という作品では、その自白合戦が法廷で展開される。法廷ミステリー好きな私としては二重にたまらないんです。

 英国ミステリーらしい捻くれた人間観察もしっかりあって、高校生の頃に『緑は危険』を読んでいなかったら、ピーター・ラヴゼイ、P・D・ジェイムズ、アン・クリーヴスにもはまっていなかったかもしれないので、今日は思い入れも込みで持ってきました。

斜線堂 いまのお話の「登場人物たちがそれぞれの思惑を持って自白を始める」というのを聞いて、『紅蓮館の殺人』の中盤の展開を思い出しました。あれも、登場人物それぞれの思惑で自白が始まり、そこからどんでん返しが起こりますよね。

阿津川 まさにそれです(笑)。あとは、海外旅行先で事件に巻き込まれるクリスティ型の観光ミステリー『はなれわざ』という長編があって、真犯人の隠し方が素晴らしいんですよ。クリスチアナ・ブランドは人を手玉に取ることにかけて最高の小説家だとつくづく思います。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版35号(2021年1月号)
文藝春秋・編

発売日:2020年12月18日

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