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宇喜多秀家の生涯

宇喜多秀家の生涯

文:大西 泰正 (史家/織豊期政治史)

『宇喜多の楽土』(木下 昌輝)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『宇喜多の楽土』(木下 昌輝)

 家臣たちの不満は募らざるをえまい。秀家の施策を推進した一派と、これにあらがう一派との権力闘争が生じ、事態はその後者にあたる秀家の「従兄弟(いとこ)」左京亮(さきょうのすけ)(木下氏は秀家より十歳年上に設定しているが、実際には秀家と同世代とみられるので、ここでは「従兄弟」と表記しておく)や戸川達安(みちやす)による決起=宇喜多騒動に至った。木下氏はその流れを、近年の研究成果や各種の伝承を取り混ぜて描いている。子細にみれば歴史的事実との食い違いもあるが、歴史小説はそもそも、そうした虚構と事実との緊張関係を楽しむものであろう。

 関ヶ原の戦場から逃れ、落ち武者狩りに追われた秀家が、なぜ命を保ちえたのか。木下氏はこの疑問を、白樫(しらかし)村の郷士を幼き日の秀家に遭遇させることで解いている。史料の語らぬ間隙(かんげき)をどのように埋め合わせるのか。歴史小説において、あたかも存在したかもしれない具体的情景を復元するには、史実は無論、時代の雰囲気を捉えておく必要がある。白樫村をめぐる叙述は、一つの可能性に過ぎないが、その要点を外していまい。

 浮田(宇喜多)左京亮の人物像についても、さもあるべし、と思わせる彫琢であった。余談ながら、左京亮の父忠家も同じく奇矯な振る舞いの多い人物で、とかくの悪評がつきまとう直家(秀家の父)よりも、この親子の方がむしろ戦国的な狂気をまとっていた、というのが私の見立てである(拙著『「豊臣政権の貴公子」宇喜多秀家』角川新書)。さらに補足を一つ。のちに坂崎出羽守と改めた左京亮の実名は、確かな史料によれば、「知家(ともいえ)」や「正勝(まさかつ)」などであって、事典類で見かける「詮家(あきいえ)」や「直盛(なおもり)」は俗説に過ぎない。一部の研究者にはなお「詮家」に固執する向きもある。だが、木下氏はこうした近年の研究も踏まえているらしく、本書において左京亮の実名にあえて言及していない。

「かならず生きて帰ってきてください」。徳川方との戦い(関ヶ原の合戦)を控えた秀家に、正室の豪姫はそう声をかけている。むろん木下氏の創作だが、史実上の彼女も、大和の長谷寺にねんごろな願文を納めていて、繰り返し秀家の武運とその無事とを祈っていた。ほかの残存史料も洗ったうえで、個人的な印象を述べれば、秀家・豪姫の夫婦仲の良さは認めざるをえない。

 平成二十四年(二〇一二)にオール讀物新人賞を受賞した木下氏のデビュー作『宇喜多の捨て嫁』(のち文春文庫)が大きな評判をとったことは記憶に新しい。「難き道をいく」という直家の口癖や、秀家と豪姫とを結ぶ貝合わせ(の貝)など、『宇喜多の捨て嫁』との併読によって生まれる味わいも本書にはちりばめられている。

 秀家をめぐることどもを、さらに書き綴ってみたい。重ねて個人的な読後感をいえば、そういう執筆意欲をくすぐられた。読者それぞれの期待にも、必ずや何事かをもって応える一冊であろう。木下氏の視角から描き出された時代の息吹や、宇喜多秀家の可能性を堪能いただきたい。

文春文庫
宇喜多の楽土
木下昌輝

定価:847円(税込)発売日:2021年01月04日

文春文庫
宇喜多の捨て嫁
木下昌輝

定価:847円(税込)発売日:2017年04月07日

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