- 2020.12.28
- インタビュー・対談
冬休みの読書ガイドに! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【国内編】 <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【同世代の若手作家たちが大ブレイク!】
司会 阿津川辰海さん『透明人間は密室に潜む』(光文社)も今年を代表する傑作です。「本格ミステリ・ベスト10」で1位に輝き、我々が7月にやった座談会「2020年上半期の傑作ミステリーはこれだ!」でも大いに話題になりましたが、あらためて加えることがあれば、お願いします。
A 独立したミステリー短編集がこれだけ高い評価を集めるのは珍しいね。米澤穂信さんの『満願』以来でしょうか。どうしてもミステリーはシリーズ物が多くなるから、貴重な1作だと思います。
N 収録されている1編1編、質の高い短編集ですね。僕はこういう系の小説を「原価が高いミステリー」って呼んでるんです。尺の短さに対して、そこに投入されている過去の蓄積や原材料がとても多い。たぶん、どの短編もやろうと思えば長編にできるぐらいの設定や仕掛けがある。あるんだけど、惜しげもなく短編にしてしまっている。その贅沢さは評価されて当然だろうと思います。
たとえば表題作では「透明人間がどうすれば密室内で発見されずにいられるか」を考察してるんですけど、阿津川さんはH・F・セイントの『透明人間の告白』を参考文献に挙げていますね。80年代に翻訳されてベストセラーになったSFミステリーの傑作ですけれども、1994年生まれの阿津川さんにとっては古典。この世代では存在を知らない人も多いと思うんです。その古典をきちんと読んで咀嚼している。同時に、現代の英米ミステリーもしっかり読んでいる方ですから、さまざまな物語が教養として豊穣にあって、贅沢なアウトプットにつながっているのかなと思います。
T 濃密なミステリーを次々に生み出すにあたり、阿津川さんがこれまで読んできた本について「別冊文藝春秋」2021年1月号(351号)の斜線堂有紀さんとの対談「進化しつづけるミステリーの遺伝子」で明かしているので、ぜひみなさんに読んでほしいです。内外の古典ミステリーは当然として、青い鳥文庫、新本格、ダークファンタジーからゲーム「逆転裁判」まで、多様な作品を読み込んで吸収している。先行作品をリスペクトするのはもちろん、それらを自分の中で再配置し、的確にマッピングしていることに驚かされます。
司会 では、この流れで斜線堂有紀さんの『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)に行きましょう。上半期の座談会ではTさんが『詐欺師は天使の顔をして』(講談社タイガ)をおすすめしてくれましたが、斜線堂さんは今年、矢継ぎ早に力作を発表し、中でも『楽園とは探偵の不在なり』は高い評価を得ました。
T もともとファンの多い作家ではあったのですが、これまで「ライト文芸」と呼ばれる文庫書き下ろし作品を主戦場にしていたので、一般のミステリーファンの目にあまり留まらなかった。知る人ぞ知る存在だったところに、早川書房から本格的な長編を上梓して、一気に注目が集まったと思います。
帯に「二人殺せば地獄に落ちる世界で連続殺人はいかにして可能なのか」とあるのですが、本書の魅力は「天使」というファンタジー的なモチーフを使って特殊な設定を作り上げたことにある。作中の世界では、5年前に天使が降臨し、人を1人殺しても罰せられないが、2人殺すと天使によって即座に地獄へと引きずり込まれてしまうという大前提が存在しています。その上で、主人公の探偵は天使が集まる島に招かれ、島内で連続殺人が起こっていくわけですね。2人殺すと即、地獄へ墜ちるはずなのに、犯人はどうやって連続殺人を続けられるのか? これが謎の焦点となります。
天使が降臨する世界観も、単に思いつきのアイデアではなく、天使が存在することでどう社会が変わっていくかというところまで精緻にシミュレーションされているし、主人公の探偵自身、天使がもたらしたある影響によって、事務所の仲間を喪うという過去をもっている。これが作品に奥行きを与えているんですね。そして、超自然的な要素を前面に出しながらも、事件の謎はきっちり理詰めで、物理トリックで解かれるところがまたすごい。
N 僕も、天使の設定をうまく使いつつ、精緻な本格ミステリーを作っているところにまず感心しました。さらに1つつけ加えるとすると、独特の「異形の美」のようなものを作者が生み出している点です。天使の造型がその最たるもので、顔は「鉋で削り取られたかのような平面」で「目鼻口も存在しない」――世間の人がイメージする天使とはずいぶん乖離していますよね。ミステリーをやる上では天使がいればいいのですから、その風貌は付属的なものです。でもそこにも気を払って、こういう誰も見たことのないヴィジョンを提示している。これもさっき言った「原価の高さ」ですよね。単にファンタジックな特殊設定を出すだけじゃなく、作者なりの、異様でグロテスクな美しさをしっかり描き出せる人なんだなというのも、強く印象に残ったところです。
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