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冬休みの読書ガイドに! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【国内編】 <編集者座談会>

冬休みの読書ガイドに! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【国内編】 <編集者座談会>

「オール讀物」編集部

文春きってのミステリー通編集者が2020年の傑作をおすすめします。


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

【ミステリー短編集が大豊作!】

『汚れた手をそこで拭かない』(文藝春秋)

K 阿津川さんとはまた違った角度で独立短編集の妙味を堪能できる1冊として、芦沢央さんの『汚れた手をそこで拭かない』(文藝春秋)をおすすめします。久しぶりに再会した元不倫相手に、ついお金を貸してしまってどう夫に言い訳しようとか、認知症の妻をどうやったら傷つけずに過ごせるかと悶々としたりとか、1つ1つは小さな出来事かもしれないけれど、いつ、誰の身にふりかかってもおかしくない日常の落とし穴を緻密に描写していく作品がそろっています。芦沢さんの魅力は、まず描写力。たとえば、撮り終えたばかりの映画が役者の醜聞でお蔵入りになるかも、という短編なら、どのような町のどのような環境で撮影している、という丁寧かつ無駄のない描写から始まるので、読者は自然に物語の世界に入っていくことができ、まるで自分の身に起きているかのように恐怖を味わうことができるんです。

司会 風景描写も卓抜ですが、何より主人公の心理描写がうまい。そんなつもりはなかったのに、ふと気づくとのっぴきならない状況に追い込まれている。どうしよう? ――というシチュエーションを見事につくっていきますね。謎ときの面白さでいうと、本書収録の「埋め合わせ」が白眉の1作だと思うのですが、夏休みの日直当番をしている公立小学校の先生が主人公で、ついうっかりプールの水を抜いてしまうんです。水道代は税金だし、発覚すれば責任問題になる。弁償を求められるかもしれない。どうすれば責任を回避できるか? と、教師があの手この手を考えていく話です。いわゆる倒叙ミステリーなんですけれど、途中から共犯者が出現してプロットが奇妙な具合に転調し、最後にはどんでん返しがきれいに決まる。何年かに1作というレベルの切れ味鋭い傑作で、この1編を読むためだけにでも、本書を手にとる価値がある! と断言してしまっていいくらい、おすすめの1冊です。

『蟬かえる』(東京創元社)

K ほかにも今年は短編集の収穫が多くて、まず、櫻田智也さんの『蟬かえる』(東京創元社)。芦沢央さんが泡坂妻夫作品から受けた影響についてインタビュー等で言及されていますが、櫻田さんも泡坂フォロワーを公言されていて、『蟬かえる』の探偵役、虫愛好家の魞沢泉(えりさわせん)は、まさに亜愛一郎を彷彿とさせる飄々としたキャラクター。櫻田さんのデビュー作『サーチライトと誘蛾灯』から登場する魞沢青年ですが、本作では彼の切ない少年期の物語も味わえたりして、1編1編読むごとに人間的魅力を増していきます。連作短編かくあるべしという見本のような作品だなと思います。

『妻は忘れない』(新潮文庫)

矢樹純さんの『妻は忘れない』(新潮文庫)もしみじみといい作品でした。文庫オリジナルの独立短編集で、表題作は義父のお葬式に夫の前妻がやってくる話です。妻は「夫は彼女とよりを戻したのではないか」と疑い、自分は殺されるかも、と疑心暗鬼に駆られていくんですね。非常にクラシカルなスタイルの短編で、筆致の柔らかさだったり伏線をうまく作品全体に溶け込ませる手腕だったり、プロの丁寧な仕事を味わえる1冊です。2020年、短編「夫の骨」で推理作家協会賞を受賞した方で、今後もっともっと注目されていく書き手でしょう。

【ホラーや歴史ミステリーにも注目!】

電子書籍
週刊文春ミステリーベスト10 2020
週刊文春ミステリーベスト10班

発売日:2020年12月10日

単行本
インビジブル
坂上泉

定価:1,980円(税込)発売日:2020年08月26日

単行本
汚れた手をそこで拭かない
芦沢央

定価:1,650円(税込)発売日:2020年09月26日

プレゼント
  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/11/20~2024/11/28
    賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

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