- 2020.12.28
- インタビュー・対談
冬休みの読書ガイドに! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【国内編】 <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【幻の大阪市警視庁を鮮やかに描く】
司会 同じく戦後の混乱期を舞台にしたミステリー、坂上泉さんの『インビジブル』(文藝春秋)について、担当のTさんいかがですか。
T 88歳の辻さんに対して、2019年の松本清張賞でデビューしたばかりの坂上さんは1990年生まれの30歳。この坂上さんの第2作目『インビジブル』の舞台がなんと昭和29年の大阪なので、『たかが殺人じゃないか』と読み比べてみても面白いのではないかと思っています。
共通点は、組織の変革期をテーマにしていること。辻さんは学制改革、坂上さんは警察組織の改革です。戦前の内務省管轄の抑圧的な警察がGHQによって解体され、昭和22年に民主的な運営を目標とする自治体警察が生まれます。その改革の流れで、大阪市にできた自治警が東京の警視庁に対抗して「大阪市警視庁」と名乗りました。政治の趨勢だったり行政の煩雑さから、自治警も昭和29年にはなくなってしまうのですが、その大阪市警視庁の最後の年を書いたのが『インビジブル』です。
起こる事件は、大阪城周辺で政治家の秘書が頭に麻袋を被せられた状態で刺殺されるという猟奇的なもの。しかも同じ手口で第2、第3の殺人が起きて混迷を深めていきます。事件の背景にはやっぱり戦争の影があり、日本の国策として満州に移民させられた人々が、戦後、本土に引き揚げてきて事件に絡むところも『たかが殺人じゃないか』と通じるものがある。
辻さんと違って当時をまったく知らない坂上さんが、どのようにテーマにアプローチするかというと、昭和29年の大阪を、現代の日本と重ね合わせるように描いていくのが特徴かなと思います。タイトルも示唆するように「国から見捨てられた人」「見えない存在にされてしまった人」に迫っていく小説で、行き当たりばったりの政策によって一般の市井の人が犠牲になる構図は、昨今、現実に起きている出来事とも通底していますよね。坂上さんは東京大学で近代史を研究していた方で、丹念に資料を調べて当時の雰囲気をよく描写しつつ、現代に通じるフレッシュな切り口ももたせている。おすすめのミステリーです。
K 私も『インビジブル』の現代性にはすばらしいものがあると感じました。国家によって個人が踏みにじられていく過程が、構造的に的確に解析されている。また、不条理をこうむった人間が自分の半径数メートルでしかその鬱積を発散することができないという「個人の限界」を描こうとしている点も、いまの私たちの心に響くのではないでしょうか。
司会 名探偵が登場してあざやかに事件を解決する辻作品に対し、『インビジブル』は2人の警察官が戦後の大阪を隅から隅まで歩いて、色んな人の証言を集めていきます。ここも非常に読ませるポイントですね。松本清張のように刑事が足で捜査するタイプの推理小説って、案外、いま書かれていないので、古き良き刑事ものが好きな読者が読んでも十分に楽しめる、間口の広い作品かなと思います。かつて小松左京さんが『日本アパッチ族』で書いた大阪砲兵工廠跡地のクズ鉄置き場周辺が事件の舞台になっていて、著者は若い方ですけれども、よく雰囲気を掴んでうまく書いてあるなあと思いました。
T 刑事2人のキャラクターもいいですよね。中卒の叩き上げと、帝大卒のエリートというバディものとしてはベタな組み合わせですけど、それぞれの性格やバックボーンを丁寧に描いているので非常に好感が持てる。坂上さんは関西育ちで、刑事たちの大阪弁も板についてるんです。
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