- 2021.01.09
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2020年の傑作ミステリーはこれだ!【海外編】 <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
【ゴリラの体にホームズの頭】
N 古典が読まれなくなり、いま、英米ミステリーの伝統の中にもはや「名探偵」は存在しないことになってるんですけど、ホロヴィッツさんのほかにも、わずかながら名探偵のことを覚えている作家がいる。今日は、2020年の収穫として、リー・チャイルド『葬られた勲章』(講談社文庫)を紹介したいと思って来ました。
チャイルドはイギリスの作家なんですが、アメリカを舞台にして、元米軍憲兵隊のジャック・リーチャーというゴリラみたいないかつい男を主人公にしたシリーズを書いています。腕っ節の強い男が、1作ごとにアメリカの色んな町を転々としながら敵をやっつけるので、ぱっと見、昔ながらのマッチョなハードボイルド小説のように見える。チャイルドさん本人の見た目もいかめしい感じなんですけど、実はミステリーオタクで、この『葬られた勲章』も名探偵モノとして楽しめるんですよ。
話の筋としては、深夜2時のニューヨークの地下鉄に、不審な女の人がぽつんと座っている。リーチャーは軍にいたときの経験から、彼女に自爆テロリスト特有の「しるし」があると見抜くんですね。自爆テロの危険が迫っている、何とかして止めなきゃと思って話しかけると、女性は突然、銃を取り出して自殺してしまう。そこでリーチャーはハタと気づくんです。彼女のもっていた特徴は、自爆テロリストじゃなくて自殺志願者のものだったかと。しかし、よく考えるとおかしい。単なる自殺志願者が、線路への飛び込みならともかく、車輌の中で拳銃自殺するだろうか。彼女には何か別の目的があったのではないか――。
そこから事件は二転、三転、リーチャーは下院議員の陰謀に巻き込まれていくことになるんですが、面白いのは、彼の内面描写がいちいち理詰めなんですね。このシリーズは語りが1人称だったり3人称だったりするけれど、『葬られた勲章』は1人称だからリーチャーの推理の過程が全部書いてある。たとえば、この女性がなぜ午前2時に地下鉄に乗っていたのかを考える場面では、彼女は拳銃を持っていたのだから飛行機ではなく車でニューヨークに入ったはず、この時間、ここで車を降りた人が深夜に地下鉄に乗っているとすると、途中、こういうことがあったはずだと、データにもとづいて緻密に足取りを推理していく。
基本はリーチャーが要所要所で悪い奴をぶっ倒す物語なんですけど、「ぶっ倒す」に至るまでの各プロセスが毎度毎度、理詰めでエラリー・クイーンばりのロジックによって考えられ、選択されていくので、海外ではリーチャーを「ゴリラみたいな体にホームズの頭が載っている」と評する人もいるくらい、ミステリーファンが読んで面白いものになっています。陰謀の真相もうまく捻ってあり、チャイルドさんは一見、アクション・スリラーの作家に思われがちだけど、ミステリーに「名探偵」の歴史があったことをきちんと知っている人。
シリーズ1冊目の『キリング・フロアー』には偽札に関する盲点をついたトリックがあるし、映画化された『アウトロー』の冒頭の連続狙撃事件も大変よく考えられていておすすめですが、ことに本書は、1人称で推理過程がすべて明かされる点も含め、非常にロジカルで強烈に面白いんです。
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