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リアルとフェイクが絶妙にブレンドされた警察小説

リアルとフェイクが絶妙にブレンドされた警察小説

文:村上 貴史 (ミステリ書評家)

『最後の相棒 歌舞伎町麻薬捜査』(永瀬 隼介)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『最後の相棒 歌舞伎町麻薬捜査』(永瀬 隼介)

■永瀬隼介

 永瀬隼介のデビューは二〇〇〇年のことだった。ご存じの方も多いだろうが、そのデビューは少々変化球であった。

 まず、同年三月に『サイレント・ボーダー』が刊行される。この作品は、荒れた息子の更生を目指す男と、渋谷で自警団を組織する少年を描いたミステリだった。そして同じ二〇〇〇年の九月に、『19歳の結末 一家4人惨殺事件』を発表する。本名の祝康成名義で発表されたこちらは、一九九二年に千葉県市川市で四人を殺害した少年を題材としたノンフィクションだ。つまり、永瀬隼介は、フィクションとノンフィクションの両面で同じ年に単著デビューを飾った作家なのである。

 このデビューが象徴するように、永瀬隼介は、ジャーナリストの視点と、エンターテインメントの作り手としての視点を兼ね備えている。著作数のうえでは活動の軸足はフィクションとなっているが、そのなかでも、三億円事件を掘り下げた『閃光』や帝銀事件に目を向けた『帝の毒薬』(一二年、文庫化の際に『彷徨う刑事』と改題)、あるいは特攻隊の心理を描く『カミカゼ』(一二年)や国家権力の在り方を問う『総理に告ぐ』(一六年)などは、ノンフィクション作家としての視点がたっぷり盛り込まれた小説である。本書でも、第三章の悪役や第五章のキーパーソンの背景、あるいは裏社会の趨勢と暴対法の関係描写などにジャーナリストの視点や知識が登場していることは、読了された方はお気付きだろう。そうした造形に関心を持たれた方は、是非、これらの作品も読んでみて戴きたい。

 小説家としての永瀬隼介は、警察小説を多数発表していることも特徴だ。バラエティ豊かな短篇警察小説集『完黙』(〇九年)、監察官を主役とする『狙撃 地下捜査官』(一〇年)、同期の警察官の死の謎を追う『刑事の骨』(一一年)などがそうだし、元警察官の主人公や、複数人の主人公の一部が警察官という小説にまで幅を拡げれば、作品点数は更に増える(ちなみに〇三年の『ポリスマン』は格闘技小説だ)。『12月の向日葵』(一四年)は、それぞれ極道と警察官という道を選んだ高校の同級生が主人公だし、近年の著作で言えば、『霧島から来た刑事』(二〇年)がそうだ。失踪した警視庁の刑事の行方を探るべく、父親である鹿児島県警の元刑事が上京し、自ら“捜査”を行うという小説である。とまあここに例示したように、永瀬隼介は、刑事も描けば監察も描くし、男性も女性も若手もベテランも動かす。短篇も長篇も書くし、警察の正義も悪も描写するのである。そしてもちろん、ジャーナリストとしての視線は、警察にも注がれている。

 そんな永瀬隼介の執筆経験はもちろん本書にも現れており、警察に関する虚実を操るうえで十二分に機能していることがよくわかる。よくわかるが故に、ついつい欲張りたくなる。本書の終盤では、二人の男の対立構造が示された。おそらくこの対立は今後も続くのだろうが、それがどうなっていくのかを読ませて欲しくなるのだ。リアルとフェイクが絶妙にブレンドされた警察小説での彼等のさらなる大暴れを、切にお願いする次第である。

文春文庫
最後の相棒
歌舞伎町麻薬捜査
永瀬隼介

定価:990円(税込)発売日:2021年04月06日

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