- 2021.04.14
- 書評
リアルとフェイクが絶妙にブレンドされた警察小説
文:村上 貴史 (ミステリ書評家)
『最後の相棒 歌舞伎町麻薬捜査』(永瀬 隼介)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
それでも一応、第二章の後半では新宿署組織犯罪対策課に異動になった高木が顔を出し、読者も一定の連続性を見出すことが出来るのだが、第三章では、やっぱり不連続が顔を出す。またしても視点人物が入れ替わるのだ。この章で視点人物を務めるのは二人。高木の上司である新宿署組対課主任の洲本栄と、新宿の暴力団『双竜会』の末端メンバーである二十歳の若者だ。彼等の視点を通じて『双竜会』のトップが企む犯罪が描かれるのだが、この犯罪の扱い方がユニークであり、また、ドライで怖い。要するに、これまた良質な短篇警察小説であり、読者としては、やはり読み続けてしまうのである。
それに加えて、だ。このあたりから、読者にも大きなうねりが見え始めてくる。各短篇にちりばめられていた“点”が、徐々に“線”としてつながり始めるのだ。だが、その糸がどこに向かうかを予測できる読者はおそらくいないだろう。それは読み手としては、実に嬉しいことである。素晴らしい短篇警察小説を三篇読ませて貰ったうえに、それらから大きな骨太のストーリーが鎌首を持ち上げる様を堪能できるのである。
その大きなストーリーを中心に物語が展開していくのが、第四章と第五章だ。ここでもまたそれぞれ新たな事件が発生するのだが、もはやそれらは――第一章からのものも含め――大きな奔流として勢いよく暴れ出している。長篇小説としての迫力を堪能できるのだ。
そしてその奔流は、最終的に意外な対立関係として決着する。そう、小説としての構成も、主要人物の変化も、大きな物語としての決着も、全てが読者の予想を超越してくるのである。それ故に、ページをめくるのが愉しくて仕方がない。次のページにはいったいなにが待っているのか判らないというスリルが満ちているのである。
それと同時に、安心感もある。いかなる変化球であっても、その変化は著者によってコントロールされていて、きちんと読み進むと自然であり、読者として納得できるものになっているのだ。作者との信頼関係を築けるが故に、スリルを十二分に愉しめるのである。
警察小説としての虚実がくっきりと描き分けられている点も、この信頼関係を後押ししている。キャリア、ノンキャリア、本庁、所轄、捜一、組対、監察、公安、ネタ元、家族――それぞれが本書のストーリーのなかでそれぞれの役割をきちんとリアルに果たしたうえで、そこに著者の大嘘が配置されている。だからこそ、嘘が生み出すドラマの躍動に夢中になれるのだ。内容は決して軽いものでもなければ明るいものでもないが、それでもやはり、こうした読書体験をできるということは、嬉しい。
結局のところ本書は、なかなかに異形の警察小説であり、堅実な警察小説であり、圧倒的にエンターテイニングな警察小説なのである。
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