本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
飛鳥~奈良はヤマト、室町は足利 新しい「時代区分」の話をしよう

飛鳥~奈良はヤマト、室町は足利 新しい「時代区分」の話をしよう

保立 道久 ,加藤 陽子 ,小島 毅

『義経の東アジア』(小島 毅)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『義経の東アジア』(小島 毅)

保立 それは日本史家にはない視点ですね。たしかに西国国家は実に長く続いた。日本ほど王権と仏教が密接な関係を結んだ国は、東アジアの歴史を見渡しても他にありません。七五二年に東大寺を建立した聖武(しょうむ)天皇は、「王家の氏寺」東大寺があって、その裏というか、東に「王家の氏神」伊勢神宮が控えているという関係を作りました。

 しかし、本当に天皇家が仏僧に帰依するのは九世紀に入ってから、都がまず七八四年に長岡京、そして現在の京都に七九四年という順で山城国(やましろのくに)に移ってからのように思います。ようするに最澄(さいちょう)・空海(くうかい)に王家が帰依した訳です。

 西国国家の中心は、平安京の左京、旧長岡京地域(山崎)と宇治や大津を結ぶ地域、ようするに山城に移りますから、山城時代がいい。これが西国国家の最盛期です。藤原氏の力が強くなって王家は弱いという意見もありますが、それは間違いだと思っています。

 この山城時代が終わるのが、一二二一年に後鳥羽(ごとば)上皇が起こした承久の乱です。北条(ほうじょう)氏が勝って実力で全国を抑えました。ここで西国国家が「武家国家」に変わります。

武家国家の始まり

加藤 武家国家の始まりは、教科書的には一一九二年の源頼朝(みなもとのよりとも)の征夷大将軍任命、あるいは、一一八五年の守護・地頭設置とされてきましたが、保立さんはなぜ、一二二一年の承久の乱をその始まりとし、時代名を「北条」とするのでしょう。「全国支配」への契機が要点でしょうか。ここが時代区分論の要のように感じますが。

保立 頼朝も平清盛(たいらのきよもり)のように娘の大姫(おおひめ)を後鳥羽天皇の妻としようと必死でしたから、天皇家との関係はあまり変わっていません。それがうまく行かずに、武家と天皇家は結局衝突したのです。しかし、承久の乱で北条氏が勝ったことは、大きな変化でした。承久の乱を起こした後鳥羽上皇は、隠岐(おき)に流され、北条氏は天皇家を持明院統(じみょういんとう)・大覚寺統(だいかくじとう)に分断し、天皇位に誰が就くかを決定するようになります。

小島 足利義満(あしかがよしみつ)など室町幕府の将軍は、中国に朝貢して日本国王となり、西国大名たちに君臨します。北条氏の場合はどうだったのですか。

保立 儒教的な言葉でいえば、北条氏もすでに「覇王」だと思います。史料でも「国主」といわれている。だから武家国家なんです。もちろん、天皇家は伝統的な王の家柄として隠然とした地位をもっています。これは西国国家の長い伝統に支えられています。

 この「武家国家」の時代は、江戸幕府崩壊まで続きます。「武家国家」時代の時代区分は、武王の氏族名とするのが簡明です。つまり、北条、足利、織豊、徳川です。従来の鎌倉、室町、江戸のように幕府の所在地名とすると、武家が全国支配していた現実が見えにくくなります。

小島 実は、私も『足利義満 消された日本国王』(光文社新書)という本で、初代尊氏(たかうじ)の御所はまだ室町にないのに、室町時代と呼ぶのはおかしいと書きました。

保立 あの本は日本史家にはない発想に溢れています。足利時代まで通してみると、「武家国家」は日本の歴史に新たな要素をつけ加えました。それは「南北軸」です。つまり、東国が直接に東北・北海道のアイヌ民族や、さらに琉球→南九州→四国→紀伊半島のルートも握り始めたのです。北条氏が北海道も、そして南は奄美(あまみ)大島まで握った。とはいえ、武家国家以前から日本には「南北軸」が潜在していました。特に大きな変革には南が関わっていると考えられます。実際、天皇家の祖先は淡路(あわじ)島からきたという説があります。神話の在り方からいっても天皇家は瀬戸内海から日向(ひゅうが)、高千穂(たかちほ)までの海上交通に深く関わっていたでしょう。ヤマトには早くから九州南部に住む熊襲(くまそ)・隼人(はやと)が来ています。武家国家はその南北軸をふたたび呼び出したのです。徳川時代になると、アイヌの支配、そして琉球の支配の位置は経済的にも非常に大きかったと思います。

 もちろん、日本史を決めるのは、やはり東西軸です。つまり、源平合戦、承久の乱、南北朝の内乱、そして、関ヶ原の東軍西軍、さらには徳川幕府末の鳥羽伏見の戦いから会津戦争まで、日本史の動きは東西合戦で決められてきました。

 しかし、内戦の規模がさらに大きくなる時は、南北の契機が加わる。もっともはっきりしているのは、徳川幕府の崩壊の時です。いわゆる西南雄藩が南から来たイギリスを中心としたヨーロッパ勢力の力を借りて南から列島をおさえていきました。


保立道久(東京大学名誉教授)/加藤陽子(東京大学教授)/小島毅(東京大学教授)


この続きは本書に全文掲載されております。

文春文庫
義経の東アジア
小島毅

定価:1,540円(税込)発売日:2021年04月06日

プレゼント
  • 『固結び』山本一力・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2023/01/27~2023/02/03
    賞品 『固結び』山本一力・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る