- 2021.05.17
- コラム・エッセイ
「ハマ」を大興奮の渦に巻き込んだ神々たちの物語、再び! 前代未聞の特別付録を一部ご紹介!
蜂須賀 敬明
『横浜大戦争 明治編』(蜂須賀 敬明)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
久良岐の大神
【生年】七世紀ごろ
【離年】一九三六年
【身長】一九八cm
【職業】警察官
【該当する現在の区】中区・西区・南区・金沢区・磯子区全域、港南区の一部
【神器】『雲散霧昇』(パイプ)
大気の濃度を操る煙を出すパイプ
【主な特徴】
●律令制の時代から、武蔵国に顕現する古い土地神の一人。
●同期の神は、橘樹の大神、鎌倉の大神、都筑の大神。
●武蔵国の武勇を司る神。
●自分にも他人にも厳しいタイプ。
顔がいかつく、声もダンディなので必要以上に怖がられてしまう。
●日本酒一合で、すぐ顔が赤くなる。
* * *
朝の元町百段に、警官たちの野太い声がこだましていた。鍛えられた上半身裸の男たちが、長い階段を何度も上り下りしている。みな白目をむいて、肺が爆発しかけていた。それでも男たちが足を止められなかったのは、先頭を行くのが上司だったからだ。
「よし、もう一本行くぞ」
久良岐の大神は、珍しく焦っていた。先日、古代神器を回収する大仕事をやってのけた未来の神々は、死線をくぐり抜けてきた貫禄が備わっていた。果たして、自分があれほどの土地神に育てられるのだろうか。このままの訓練ではいけないと考えた久良岐の大神は、自らの指導を改めていた。
がむしゃらに厳しい訓練をしても身にならないことを、久良岐の大神は理解していた。彼らに備わっていたのは、剛柔の切り替え。自分の指導には、柔の部分が欠けている。部下にやる気を出させるには、どうすればいいのか。
階段の下で、部下たちは地面に倒れ込んでいる。そろそろ限界が近かった。頂上の茶屋を見て、久良岐の大神はあることを思い出した。
「これは噂で聞いたんだが」
久良岐の大神は、ひとり階段を上り始める。
「茶屋のトイさんは、たくましい男が好みらしい。先日のヨットレースを見て、自分も海に出てみたいと言っているそうだ」
倒れ込んでいた部下の一人が、目を血走らせて起き上がった。
「俺はもう少し走り込む。疲れたやつは、ここで休んでいろ」
また一人立ち上がって、走り出した久良岐の大神の後ろについた。
「先輩が走っているのに、休んでいるわけにはいきません」
「俺たちを甘く見ないでください」
いつの間にか部下たちは久良岐の大神を追い抜き、今日一番の走りを見せている。
「俺に欠けていたのは、こういうことか」
茶屋でお茶を出してもらっても、部下たちはまだ階段を駆け上っては下っていた。
「精が出ますね」
トイは全員のお茶を用意して、訓練を見ていた。
「ああ、未来で鍛えなきゃいけないやつがいるからな」
いつ新しい土地神がやってきてもいいように、今は鍛え方を学ぶのだ。誰かを鍛えるためには、自分が鍛えられていなければならないのだから。
坂の上に立った久良岐の大神は、腰に手を当てて部下たちに叫んだ。
「トイさんが見ているぞ! 気合い入れろ!」
またしても元町百段に、男たちの声が響き渡った。
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