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「ハマ」を大興奮の渦に巻き込んだ神々たちの物語、再び! 前代未聞の特別付録を一部ご紹介!

「ハマ」を大興奮の渦に巻き込んだ神々たちの物語、再び! 前代未聞の特別付録を一部ご紹介!

蜂須賀 敬明

『横浜大戦争 明治編』(蜂須賀 敬明)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

都筑の大神

【生年】七世紀ごろ
【離年】一九三九年
【身長】一五五cm
【職業】新聞記者
【該当する現在の区】旭区・緑区・都筑区・青葉区全域、保土ケ谷区・港北区・瀬谷区の一部
【神器】『先手筆勝』(筆) 
音を文字に書き写せる筆
【主な特徴】
●律令制の時代から、武蔵国に顕現する古い土地神の一人。
●同期の神は、久良岐の大神、鎌倉の大神、橘樹の大神。
●武蔵国の叡智を司る神。
●幅広い人脈を持ち、世界中の噂を追いかけている。
●言動はギャルだが、結構しっかりもの。
●噂を書き記した秘密のノートは、天界から禁書指定を受けている。

* * *

 都筑の大神のデスクは本が山積みになっていた。英語で書かれた料理の献立帳から新聞記事のスクラップを乱雑にまとめたものまで、種類は多岐に及ぶ。本当なら伊勢佐木町の劇場で新たに始まる舞台を取材しに行く予定だったが、編集長の堪忍袋の緒が切れた。都筑の大神の本が、両隣のデスクを埋め尽くそうとしていたからだ。

「まじ、さげぽよすぎっしょ……」

 都筑の大神が新聞社にいるのはまれだ。いつもどこかを飛び回っていて、たまに出社すると本や書類を置きっぱなしにしてまたどこかへ行ってしまう。整理整頓は大の苦手で、デスクの本はどれも見覚えがなかった。

「今日は初日だからハンパないお客さん来るのに、あーしがいないなんてありえねえ」

だるま落としのように、塔になった本の一番下を引き抜こうとすると、雪崩を打って崩れていき都筑の大神は生き埋めになる。

「うええ、またわけわかんなくなったし! もうドロンしちまおうかな……」

 スクラップブックの中から一枚の写真が出てきた。そこには先日のヨットレースの光景が映し出されていた。

「やっべ、これ提出しそびれてた」

 古代神器を見つけ出した先の騒動で、都筑の大神は天界へ報告するための写真撮影を行っていた。すべて提出したはずだったが、一枚だけ出し忘れていた。土地神関連の資料は地上に残さない取り決めがあるので、報告漏れがあるとこっぴどくお叱りを受けることになる。うんざりしつつも、写真を見ているとあの騒動が思い浮かんでくる。

「あいつら、よく頑張ってたなあ」

 必死な未来の神々の顔を思い出すと、吹き出してしまった。もっと未来の話を聞きたいと思っていたのに、古代神器を見つけ出すと、息つく間もなく未来へ戻っていった。彼らの一生懸命さには、刺激されるものがあった。

都筑の大神は立ち上がって、散らばった本を拾い上げた。

「文句言ってても仕方ないか」

 彼らと再び出会うのがいつになるのかは分からない。ただ、いずれ現れる後輩たちのことを考えると、都筑の大神には責任感が芽生えていた。少しずつ先輩として恥ずかしくない所作を身につけていくためにも、片付けを嫌がっている場合ではなかった。

「これ、戒めとして取っておくかな」

 写真を胸ポケットにしまい、都筑の大神は書庫に保管する本を台車に載せた。誰もいなくなった新聞社で、本を運ぶ台車の音が夜まで響いていた。

文春文庫
横浜大戦争 明治編
蜂須賀敬明

定価:990円(税込)発売日:2021年05月07日

文春文庫
横浜大戦争
蜂須賀敬明

定価:935円(税込)発売日:2019年10月09日

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