- 2021.05.17
- コラム・エッセイ
「ハマ」を大興奮の渦に巻き込んだ神々たちの物語、再び! 前代未聞の特別付録を一部ご紹介!
蜂須賀 敬明
『横浜大戦争 明治編』(蜂須賀 敬明)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
第4回神奈川本大賞を受賞し、横浜の書店員さん達を中心に熱狂的なファンを生んだ『横浜大戦争』の続編、『横浜大戦争 明治編』の文庫が刊行されました。
横浜各区を司る神々が、今回は文明開化の時代にタイムスリップして大暴れ!
物語をさらに楽しんでいただくために、本編で活躍する神々のプロフィールと蜂須賀さんが文庫用に書き下ろした掌編の一部をご紹介します!
(文庫の巻末には特別付録「神々名鑑と掌編」として米粒大の文字で74頁という異常なボリュームの付録が収録されています。そちらもぜひ、お手に取ってご覧ください!)
横浜の大神
【生年】一八八九年
【身長】一七八cm
【職業】市役所職員
【人口】約一二万人(一八八九年/二〇一五年は約三七二万人)
【面積】約五.四km²(一八八九年/二〇〇六年から約四三七km²)
【神器】『開港一番』(方位磁針)
磁力を操るコンパス
【主な特徴】
●明治の市制施行により顕現した、神奈川県の土地神。
●同期の神は、東京や京都、大阪をはじめとする三六人。
●神奈川県の海運を司る神。
●他の大都市に比べ歴史が浅いので、気負っている。
●頑迷に見えるが、意外に見栄っ張りで買い物好き。
●趣味はワンダーフォーゲル。
* * *
横浜の大神の昼食は、いつも変わらない。お昼になると市役所を出て、横浜公園を抜けた先にある魚市場でにぎり寿司を食べるのだ。寿司といっても高級なものではない。船乗りや鉄工所で働く人々が寸暇を惜しんで食べるもので、ネタも漬けマグロにタコ、エビ、かんぴょう巻、厚焼き卵、季節ものとして煮ハマグリとシンプルだった。
漬けマグロを食べて、横浜の大神はこれまでと味が違うことに気付いた。
「大将」
常連でありながらほとんど口を開かなかった横浜の大神に声をかけられ、ハチマキをしたはげ頭の大将は寿司を握る手が少しだけこわばった。
「なんでしょう」
「醤油を変えたか?」
大将はぱちんと手を叩いた。
「さすが旦那、よく分かりましたね。お口に合いませんか?」
「いや、かつおだしの香りがして美味しい」
小さな工夫を言い当てられて、大将は上機嫌だった。
「東北のだし醤油が手に入りましてね。ちょっと混ぜてみたんです」
大将も寡黙だったので、そこでいったん会話が途切れる。店はひっきりなしに客がやってきては出て行き、味わって食べているのは横浜の大神くらいだった。
「うちの寿司は昔から味が変わらないと言われます。ですがね、そんなことはなくて、少しずつ新しい味に変えていっているんですよ」
卵は密度がぎっしりしていて、食べると甘い香りが広がっていく。
「舌ってのは、気付かぬうちに変わっちまってるもんなんです。だから、お客さんの舌が変わっていくのに合わせて、うちも色々と取り入れていかなきゃならねえ。そこの公園の木だって、いつものとおんなじように見えて、ちょっとずつ変わっていっているんです」
喋りすぎてしまったことを恥じたのか、それから何も言わず大将は寿司を握った。向かいの川では木箱を載せた艀が揺れている。ガリを食べて、昼飯は終わった。会計を済ますと、元気のいい看板娘が横浜の大神の顔を覗き込んできた。
「旦那、何かいいことでもありました?」
古代神器が横浜の街に迷い込んだ事件は、未来から来たという神々によって解決されてしまった。横浜の大神でありながら、先輩の神々に事件を委ねる形となり、どちらかと言えば自信を失っていたはずだった。
「そう見えるか?」
「はい。いつもより背筋が伸びていますから」
それは、先輩や未来の神々に負けてなるものかという対抗心がもたらしたのかもしれない。けれど、横浜の大神はそれを認めず、くすりと笑った。
「また明日」
「毎度!」
午後の仕事は、いつもより気合いが入りそうだった。
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