- 2021.05.17
- コラム・エッセイ
「ハマ」を大興奮の渦に巻き込んだ神々たちの物語、再び! 前代未聞の特別付録を一部ご紹介!
蜂須賀 敬明
『横浜大戦争 明治編』(蜂須賀 敬明)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
鎌倉の大神
【生年】七世紀ごろ
【離年】一九四八年
【身長】一八〇cm
【職業】歌人・俳人・詩人
【該当する現在の区】戸塚区・泉区・栄区全域、南区・港南区・金沢区・瀬谷区の一部
【神器】『明鏡止吹』(笛)
音波を操る笛
【主な特徴】
●律令制の時代から、相模国に顕現する古い土地神の一人。
●同期の神は、久良岐の大神、橘樹の大神、都筑の大神。
●相模国の文化を司る神。現在の鎌倉の大神とは別の神。
●あらゆる芸事に秀でる、スーパー遊び人。
●会と名の付く集まりには、だいたい参加している。
●好きな漬物はべったら漬け。
* * *
鎌倉の大神の秘書は、激務である。気になるものを見つけたらすぐに飛んでいってしまうので、主人に約束を守らせるのは困難を極める。汽車が出発五分前を迎えても、鎌倉の大神がホームに戻ってくる気配はなかった。
かつて人さらいを生業とし、今は鎌倉の大神の秘書を任されている元漁師の男は、駅の時計を何度も見返していた。
「先生はまだ戻ってこないのか?」
他の弟子たちもホームを行ったり来たりしている。汽笛が鳴って発車する直前になり、鎌倉の大神がとぼとぼと歩いてきたので、秘書は汽車に引っ張り込んだ。
「先生! この汽車に遅れたら、仙台の句会に間に合わないと言いましたよね?」
鎌倉の大神は手に弁当箱を持っていた。秘書はさらに注意をする。
「弁当を買いに行かれたのですか? それなら、俺たちが買いに行きましたのに」
「お主らは弁当選びのセンスが終わっておる。しかし、我は納得がいかん。これを見よ」
秘書が弁当のひもを解くと、おにぎりが二つにたくあんが現れた。
「普通の弁当じゃないですか」
鎌倉の大神はおにぎりを頬張って叫んだ。
「あまりにも退屈すぎる! 汽車の旅は非日常。手の込んだものを食べ、心を豊かにするのが大事なのだ」
「なら、先生はどういうものが食べたいんですか?」
汽車は動き出していた。
「我は新鮮な魚が食べたい! 鎌倉の海で獲れた魚を食べながら、次の目的地を目指す。そんな弁当があったらどれだけ幸せだろうか」
いつもなら秘書が呆れるところだったが、元漁師とあって思うところがあった。
「新鮮な魚ですか……。生のまま弁当にしても傷みますから、コハダやサバのように酢で〆ればできなくもなさそうですが」
鎌倉の大神の目が鋭くなった。
「お主、今大事なことを口にした気がするぞ。これからの日の本は汽車が駆け回り、人の行き来も増す。となれば、弁当を食べたがる人も増える。うむ、気分が乗ってきた。仙台に着いたら、向こうの弁当を食べ尽くすことにするぞ」
「頑張ってください」
「何を言っておる。お主が食べて、我好みの弁当を作るのだ。これは、お主の一生を支える仕事になるやもしれぬ」
鎌倉の大神の妄想に付き合わされるのには慣れていた。けれど、美味しい魚の弁当が食べたいのは、秘書も同じ気持ちだった。
汽車は汽笛を鳴らして、鎌倉を離れていった。
イラスト:はまのゆか
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