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「ハマ」を大興奮の渦に巻き込んだ神々たちの物語、再び! 前代未聞の特別付録を一部ご紹介!

「ハマ」を大興奮の渦に巻き込んだ神々たちの物語、再び! 前代未聞の特別付録を一部ご紹介!

蜂須賀 敬明

『横浜大戦争 明治編』(蜂須賀 敬明)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

鎌倉の大神

【生年】七世紀ごろ
【離年】一九四八年
【身長】一八〇cm
【職業】歌人・俳人・詩人
【該当する現在の区】戸塚区・泉区・栄区全域、南区・港南区・金沢区・瀬谷区の一部
【神器】『明鏡止吹』(笛)
音波を操る笛
【主な特徴】
●律令制の時代から、相模国に顕現する古い土地神の一人。
●同期の神は、久良岐の大神、橘樹の大神、都筑の大神。
●相模国の文化を司る神。現在の鎌倉の大神とは別の神。
●あらゆる芸事に秀でる、スーパー遊び人。
●会と名の付く集まりには、だいたい参加している。
●好きな漬物はべったら漬け。

* * *

 鎌倉の大神の秘書は、激務である。気になるものを見つけたらすぐに飛んでいってしまうので、主人に約束を守らせるのは困難を極める。汽車が出発五分前を迎えても、鎌倉の大神がホームに戻ってくる気配はなかった。

 かつて人さらいを生業とし、今は鎌倉の大神の秘書を任されている元漁師の男は、駅の時計を何度も見返していた。

「先生はまだ戻ってこないのか?」

 他の弟子たちもホームを行ったり来たりしている。汽笛が鳴って発車する直前になり、鎌倉の大神がとぼとぼと歩いてきたので、秘書は汽車に引っ張り込んだ。

「先生! この汽車に遅れたら、仙台の句会に間に合わないと言いましたよね?」

 鎌倉の大神は手に弁当箱を持っていた。秘書はさらに注意をする。

「弁当を買いに行かれたのですか? それなら、俺たちが買いに行きましたのに」

「お主らは弁当選びのセンスが終わっておる。しかし、我は納得がいかん。これを見よ」

 秘書が弁当のひもを解くと、おにぎりが二つにたくあんが現れた。

「普通の弁当じゃないですか」

 鎌倉の大神はおにぎりを頬張って叫んだ。

「あまりにも退屈すぎる! 汽車の旅は非日常。手の込んだものを食べ、心を豊かにするのが大事なのだ」

「なら、先生はどういうものが食べたいんですか?」

 汽車は動き出していた。

「我は新鮮な魚が食べたい! 鎌倉の海で獲れた魚を食べながら、次の目的地を目指す。そんな弁当があったらどれだけ幸せだろうか」

 いつもなら秘書が呆れるところだったが、元漁師とあって思うところがあった。

「新鮮な魚ですか……。生のまま弁当にしても傷みますから、コハダやサバのように酢で〆ればできなくもなさそうですが」

 鎌倉の大神の目が鋭くなった。

「お主、今大事なことを口にした気がするぞ。これからの日の本は汽車が駆け回り、人の行き来も増す。となれば、弁当を食べたがる人も増える。うむ、気分が乗ってきた。仙台に着いたら、向こうの弁当を食べ尽くすことにするぞ」

「頑張ってください」

「何を言っておる。お主が食べて、我好みの弁当を作るのだ。これは、お主の一生を支える仕事になるやもしれぬ」

 鎌倉の大神の妄想に付き合わされるのには慣れていた。けれど、美味しい魚の弁当が食べたいのは、秘書も同じ気持ちだった。

 汽車は汽笛を鳴らして、鎌倉を離れていった。


イラスト:はまのゆか


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文春文庫
横浜大戦争 明治編
蜂須賀敬明

定価:990円(税込)発売日:2021年05月07日

文春文庫
横浜大戦争
蜂須賀敬明

定価:968円(税込)発売日:2019年10月09日

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