ザクロ――柘榴、石榴、または若榴とも書く。日本では庭木や盆栽として観賞されることも多く、赤い花を咲かせるが、やはり多くのひとが思い浮かべるのは果実の独特な形状だろう。秋になって熟すると外皮(がいひ)が裂け、赤い粒々状の果肉が現れるのである。
その形状のせいで、日本の戦前や戦後の探偵小説においては、柘榴は粉砕されたり硫酸をかけられるなどした状態の死体の顔の比喩に使われることが多かった。代表例は江戸川乱歩の中篇、その名も「石榴」(一九三四年)だろう。その意味で、ミステリファンにとって柘榴は少々禍々(まがまが)しいイメージを喚起させる果物と言える。
彩坂美月の『柘榴パズル』(二○一五年八月、文藝春秋刊。プロローグと第一章の初出は《別册文藝春秋》二○一五年三月号、他は書き下ろし)は、ミステリ小説ではあるものの、そのような状態の惨(むご)たらしい死体が登場するわけではない。主役となるのはある仲良しの家族であり(その家の庭には柘榴が植えてある)、作中で起こる出来事も多くは「日常の謎」の範疇に属するものである。だが、物語は冒頭から不穏な予兆を帯びている──柘榴からミステリファンが連想する血腥(ちなまぐさ)いイメージのように。
まずプロローグは、主人公「あたし」による「──これは、家族の物語」「あたしは自分の家族が好きだ」という述懐から始まる。ところが、そのページをめくると、読者の目に入るのは新聞記事の抜粋と思しき文章なのだ。そこでは、深夜に侵入した何者かによってある一家が殺傷されたという救いのない事件が報じられている。
このあと、十九歳の「あたし」こと美緒、母の昭子、祖父の源一郎、大学生の兄・友広、十歳の妹・桃子、そして三毛猫の龍之介という面々から成る山田家をめぐる、五つのエピソードが連なってゆく。そこには、一家の周囲で起こったさまざまな不思議な出来事を、彼らがどのように解き、どう対処していったかが綴られている。
例えば第一章「金魚は夜泳ぐ」では、近所の飴屋の孫・太一が作ったガラス細工のオブジェが何者かに破壊された──という小事件が描かれる。たまたま居合わせた美緒は、帰宅して家族にその出来事を話す。彼女の話を聞いた友広は、誰が壊したのかわかったと言い出す──。
それに続いて、第二章「月を盗む」では友広のアルバイト先の写真スタジオで起こった若い恋人たちの消失、第三章「ゆりかご」では桃子が飼いたがっていた子犬が赤ん坊にすり替わっていたという謎、第四章「家族狂奏曲」では山田家の旅行先である箱根の温泉で起きた仲居の転倒騒動……といった出来事が描かれる。基本的にはほのぼのしたタッチの「日常の謎」だが、探偵役が特定の誰かに固定されていない点は、この種のミステリとしてはかなり異彩を放っていると言えるだろう。
だが、各エピソードの最後には、まるで不吉なカウントダウンのように、一家殺傷事件に関する週刊誌の記事や近所の人々の証言が挟み込まれている。そこで語られるのは、何者かに襲われた家族ひとりひとりの悲惨な末路だ。しかも第一章「金魚は夜泳ぐ」の時点で、美緒に視線を向けている正体不明の男の姿が意味ありげに描かれている。平穏なタッチで語られる「日常の謎」でありながら、凄惨な事件の発生を予感させる要素が随所に織り込まれているというこの異様な温度差が、読者を落ちつかない気分にさせるのだ。
果たして、この物語の狙いは何なのだろうか──それを確認する前に、著者である彩坂美月の作品をちょっと振り返ってみよう。