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「仲良し家族」の「日常の謎」――この小説の「見た目」にご用心!

「仲良し家族」の「日常の謎」――この小説の「見た目」にご用心!

文:千街 晶之 (ミステリ評論家)

『柘榴パズル』(彩坂 美月)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #小説

『柘榴パズル』(彩坂 美月)

 著者は山形県生まれ(幾つかの作品が山形県を舞台にしている)、早稲田大学卒。デビュー作は、第七回富士見ヤングミステリー大賞に準入選し、二○○九年に刊行された『未成年儀式』である。この作品は文庫化の際、『少女は夏に閉ざされる』と改題の上、全面的に改稿された(それも、原型では九人いた少女を七人に減らしたほどの徹底した改稿だった)。夏休み、高校の女子寮に残った少女たちが突如として事件に巻き込まれ、更に大地震が女子寮を襲う。天災と犯罪の挟み打ちという途轍もない非常事態の中で、少女たちの思惑が交錯し、秘密が暴かれてゆく青春ミステリである。

 続く『ひぐらしふる』(二○一一年。文庫化の際に『ひぐらしふる 有馬千夏(ありまちなつ)の不可思議なある夏の日』と改題)は、結城未里名義で第十八回鮎川哲也賞(二○○八年)の最終候補に残った作品である。久しぶりに里帰りした作家志望の図書館職員・有馬千夏が、同級生たちから聞いた不思議な出来事を解き明かしてゆく連作短篇集であり、ラストには全体を通しての謎解きが待っている。

 第三作『夏の王国で目覚めない』(二○一一年)は、第十二回本格ミステリ大賞にノミネートされた作品であり、その意味で著者の出世作と言えそうだ。高校生の天野(あまの)美咲は、謎の作家の未発表原稿をめぐる推理劇風のゲームに参加するが、ただのゲームだった筈なのに、事態は予期せぬ不穏な方向へ展開する。登場人物がみな本人・ハンドルネーム・劇の役柄という三つの役割を背負っており、著者の作品中でも最も複雑で人工的なゲーム性が顕著な印象がある。

『文化祭の夢に、おちる』(二○一二年)は、文化祭の準備中に事故に遭遇した五人の高校生が、他に誰もいない異界へと飛ばされてしまい、自分たちの身に起きたことを推理しながら元の世界へと戻ろうとする物語。著者の小説としては、SF的・超自然的な設定が最初に取り込まれた作例と言える。

 この四冊を経て、著者の第五作として刊行されたのが本書なのだ。そこから間を置かずに刊行された『僕らの世界が終わる頃』(二○一五年)の主人公・工藤渉(くどうわたる)は引きこもりの少年である。彼が執筆してネット上で公開した小説は、予想外の反響を呼んだ。ところが、小説の内容をなぞったような事件が起き、更には、何者かが小説の続きを勝手に書いて発表するようになった……。「小説を書く」という行為を通じて、ひとりの少年の再生をサスペンスフルに描いた物語である。

『金木犀と彼女の時間』(二○一七年)の主人公である高校生の上原菜月(うえはらなつき)は、同じ一時間を五回繰り返すタイムリープに巻き込まれる体質の持ち主だ。彼女はある時、タイムリープの一回目で同級生の墜落死を目撃してしまう。あと四回のチャンスで、菜月は同級生の死を阻止できるのか……。『文化祭の夢に、おちる』に続いて再び文化祭を背景にしつつ、タイムリープという大仕掛けを融合させた、王道の青春SFミステリだ。

『みどり町の怪人』(二○一九年)はタイトル通り、「怪人」の噂が流れる町を舞台にした連作。その町ではかつて痛ましい未解決事件が起きていたが、噂は果たしてそれと関係があるのだろうか……。怪人の出没に怯え、あるいは正体をつきとめようとする住人たちの姿を複数のエピソードで描いており、事件自体は決着を見せるものの、ホラー的な余韻が残る異色作だ。

文春文庫
柘榴パズル
彩坂美月

定価:891円(税込)発売日:2021年05月07日

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