最高指導者の質も変わり続けている。初代の指導者、金日成国家主席はソ連の傀儡であったにせよ、「祖国を解放した英雄」という金看板があった。建国後、1970年ごろまでは日本統治時代に残された工業インフラや社会主義諸国の支援もあって、経済もそこそこ好調だった。情報も少なく、人々は金日成主席を国父と慕った。2代目の金正日総書記は父親ほどのカリスマ性を持たなかった。むしろソ連・東欧圏の崩壊や「苦難の行軍」時代の混乱から、自らの権力を維持することに必死になった。金正日総書記は、軍がすべてに優先する「先軍政治」を始め、自ら軍の最高司令官と国防委員長に収まった。このころから、最高指導者は絶対的な指導者とは言えなくなり始めた。金正日総書記は軍にも配慮せざるを得なかった。6者協議の際、北朝鮮代表を務めてきた金桂寛外務次官(当時)が非核化を迫る米側の関係者に「そんな要求を飲んだら、軍が黙っていない」と漏らしたこともあった。そして、3代目の金正恩氏には、父や祖父のような人脈も経験もない。朝鮮労働党本部3階にある書記室のメンバーを中心にした高位層と権力の均衡を保ちながら、政権を運営するようになった。その実態は、ドナルド・トランプ米政権時代の米朝協議の様子から浮き彫りになった。この点は本書のなかでも明らかにしていく。
北朝鮮は苦しみながら、米本土を攻撃できる核搭載ICBMの開発に成功した。大気圏再突入能力など、不明確な点はあるが、少なくとも米本土に届く能力があるエンジンと、核爆弾を保有したことは紛れもない事実だ。米国は四半世紀の間、2国間協議や中国を入れた3カ国協議、あるいは6者協議と様々な手法を駆使し、北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止しようとした。トランプ政権時代は2度の米朝首脳会談も行ったが、北朝鮮の野望をくじくことはできなかった。日本はこの間、北朝鮮に日本人拉致問題の存在を認めさせ、一部の被害者の帰国を実現させたが、それももはや20年も前の話になってしまった。
行き詰まる国際社会の北朝鮮外交
米国では21年1月20日、ジョー・バイデン新政権が発足した。ホワイトハウスのジェン・サキ報道官は1月22日、「北朝鮮の核弾道ミサイルと核の拡散は、世界の平和と安全保障にとって深刻な脅威だ。現在の圧力路線の再評価を行い、日本や韓国などの同盟国と新たな戦略をまとめていく」と語った。新型コロナウイルスの感染拡大、深刻な米国社会の分裂、経済的な苦境など、バイデン政権には難題が山積している。バイデン政権は21年4月末には、新しい北朝鮮政策をまとめたことを明らかにしたが、北朝鮮との外交の優先度は高いとは言えない。
だが、北朝鮮の核とミサイルの脅威が減ったわけではない。北朝鮮は米朝協議を始めてからこの四半世紀、1グラムの兵器用プルトニウムや高濃縮ウランすら、放棄したことはない。そもそも、北朝鮮の核・ミサイル開発の実態は闇に包まれたままだ。一体、何発の核爆弾、何発の弾道ミサイルを廃棄させればよいのかすら、わかっていない。バイデン政権には、バラク・オバマ政権時代にイランとの核開発交渉に参加した人々が多数参加している。オバマ元大統領は「核なき世界」を訴えてノーベル平和賞も獲得した。「核抑止」よりも「核軍縮」に政権のレガシーを感じる人は多く、目先の利益につられて、北朝鮮との間で安易な核軍縮交渉に踏み切らないとも限らない。実際、バイデン政権からは「究極的な非核化」「現実的なアプローチ」といった、ともすれば、弱気とも受け取れる声が漏れ聞こえてくる。北朝鮮が一体、何発の核爆弾を保有しているのかを把握しないまま、核軍縮交渉を始めることは、北朝鮮をインドやパキスタンのように事実上の核保有国として認めることにつながる。
そして、北朝鮮を巡る状況は決して安定したものとは言えない。本書でも紹介するが、北朝鮮は20年10月、21年1月とわずか4カ月の間に2度も軍事パレードを行った。21年1月に開いた第8回朝鮮労働党大会で、金正恩氏は国家経済発展5カ年戦略の失敗を認めた。正恩氏自身の体調も万全とは言えない。実妹の金与正氏が常に正恩氏のそばから離れないのも、正恩氏の体調に万一のことがあった事態に備えてのことだろう。最高指導者の健康状態は最高機密であり、与正氏ら限られた人物しか知りうる立場にないからだ。今や、核兵器は金正恩氏の権力を維持するための虎の子の手段と化している。正恩氏が権力の維持に汲々とすればするほど、核兵器を使いたいという誘惑も増すことになる。
政情が不安定な北朝鮮が核を保有していることは、隣国である日本にとって安全保障上の深刻な脅威になる。今、日本に必要なことは、核の傘を頼む米国との同盟関係を強固なものとして、米国が北朝鮮との安易な核軍縮交渉に走らないよう釘を刺すことだ。同時に、北朝鮮が「日本を攻撃しても割が合わない」と思うような防衛力を備えなければならない。日本政府は現実には、20年に陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の導入を断念し、「24時間365日」という切れ目のないミサイル防衛が事実上不可能な事態に陥った。敵基地攻撃能力の保有について、空対地ミサイルやトマホーク巡航ミサイルなどを導入する動きはあるものの、日本政府としての総合的な防衛戦略は決まらないままだ。また、北朝鮮が日本を攻撃する考えに至らないよう、信頼を醸成する努力もしなければならないが、こちらもお寒い限りの状況だ。少なくとも、相互に連絡事務所を開設して、相手の意図を誤解しないような仕組みが必要だが、日本政府は21年春の段階で、日本人拉致問題の解決を叫ぶ程度の動きしか見せていない。北朝鮮は21年4月、東京夏季五輪への不参加を公表した。
いったい、日本も米国も何をしていたのか。核ミサイルが日本に降り注いだ後に、そう叫んでみても遅いのだ。
(「プロローグ 滅びの道を歩む金王朝、揺らぐ世界」より)
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