- 2021.06.09
- 書評
ふたりの青年が過去の後悔に打ち勝つ闘いの物語。青春120%小説
文:大矢 博子 (書評家)
『立ち上がれ、何度でも』(行成 薫)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
プロレスファンだけではなく、すべての人に本書を読んでほしいと思った理由はここにある。私たちは皆、弱さを抱えている。けれど弱さに向き合うのはあまりに辛いので、蓋をして見ないふりをしたり、言い訳をして逃げたりすることが、往々にしてある。その方が楽だから。
けれど大河と虎太郎は弱さから逃げず、乗り越える道を選んだ。なぜか。自分の弱さが自分のみならず人を傷つけたからだ。友を、家族を、教え子を、大事な人を傷つけたからだ。だから強くなりたかった。誰も傷つけないほど、強く。
その手段としてふたりが選んだのがプロレスである。
え、ちょっと待って、なんでプロレス?
友を失うきっかけとなり、親をも傷つけたプロレスは、彼らにとって仇(かたき)ではないのか。それだけではない。本書が一貫して投げかけているのは「強さとは何か」という問いだ。その答えがプロレスだというなら、それは肉体的な強さでしかないのでは? しかもプロレスというのは、門外漢の私ですら「筋書きが決まっているらしい」ことをなんとなく知っているシロモノだ。そこで勝ったからといって、強さの証明になるのだろうか?
私のそんな疑問や不審は、ページをめくるごとに音を立てて崩れていった。プロレスとはこんな世界なのかという驚きと、なるほど、だからプロレスなのかというカタルシスがそこにあったのだ。
本書を読み始める前の私がプロレスについて知っていたのは、超有名な往年のレスラーの名前数人、ラリアットやバックドロップといった超有名な技の名前を少しだけ、そして「筋書きが決まってるんだよね?」というふわふわした知識だけだった。そして「筋書きが決まってる」というのは、みんながカツラだと知っている人に「カツラですよね?」と言うのと同じレベルで、公言してはいけないことだと思っていた。
その状態で本書を読んだら驚くまいことか。「ブック」と呼ばれる試合の経過や筋書きの存在、レスラー間の遺恨(いこん)や対立まで演出する「アングル」の存在どころか、レフェリーがボディチェックをするときにどちらが何分で勝つのか脚を叩いて知らせるとか、試合中にさりげなく次の展開を伝えるなんてことまで書かれているのだ。え、それ事実なの? 創作なの?
だが、そんな戸惑いはすぐに吹き飛んだ。なぜならその上でプロレスが「真剣勝負」であることが、とてつもない迫力とリアリティで描かれているのだから。
筋書きが決まっているのに真剣勝負というのは矛盾して聞こえるかもしれない。だがそうなのだ。心身を削り、技を磨き、痛みを堪え、人生を賭けてのまごうかたなき真剣勝負なのだと、頭より先に心が理解した。とてつもない衝撃を伴う肉と肉のぶつかり合い。どっちが勝つかも決まっていて、これからどんな技がくるかもわかっていて、それでも「これは真剣勝負だ」という熱と「死んでしまうかもしれない」という迫力が伝わってくる。
観客にそう思わせる技術がある、というだけではない。たとえば「セール」という言葉がある。技を受けた時に、ダメージを受けた表現を大げさにして技の威力を観客に印象づけるテクニックだ。だが、あれだけ激しいぶつかり合いをすれば、演技ではなく本当にケガをしてしまうことだってあるはずだ。実際に本書でも、試合中に大河が肩を負傷してしまう場面がある。
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