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ふたりの青年が過去の後悔に打ち勝つ闘いの物語。青春120%小説

ふたりの青年が過去の後悔に打ち勝つ闘いの物語。青春120%小説

文:大矢 博子 (書評家)

『立ち上がれ、何度でも』(行成 薫)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『立ち上がれ、何度でも』(行成 薫)

〈ラリアットで相手をねじ伏せ、投げ技でマット中央にダウンさせた後、コーナーから飛び技に繋げるのが、大河の勝ちパターン〉なのに亜脱臼を起こしたかもしれない肩ではそんな大技は出せない。だが観客はそれを待っている。決め技で大河が勝つというのが観客にとって「納得できる結着」であるなら、それを提供しなければならない。

〈レフェリーを振り切り、立ち上がる。セールすることとは逆に、本当のケガは観客に悟られてはならない〉

 ゾクリとした。これが真剣勝負でなくて何だろう。

 これはほんの一例に過ぎない。このような「筋書きのある真剣勝負」の凄まじさと、その上で繰り広げられる「筋書きのないドラマ」が最大の読みどころだ。いつしか目の前で試合が展開されているような気持ちになった。聞いたこともない名前の技なのに、ごく自然に絵が浮かぶ。逆光の中、ロープから高く飛んで回転する姿。重量のある肉体がマットに叩きつけられる音と振動。張り詰めた背中から湯気が立つ様子。それらが読者に迫ってくる。なんという筆力だろう。プロレスなど興味のなかった、むしろ「痛そう」と忌避していた私が、「観たい」と思うようになるまで時間はかからなかった。

 そして読者は、「強さとは何か」という問いの答えを得ることになる。

 プロレスにおける「強さ」は、試合に勝つことではない。ひとつ間違えば大ケガをするかもしれない、死ぬかもしれない技を受け続けるという恐怖に打ち勝ち、何度マットに沈められても、その度に立ち上がること。それこそが「強さ」なのだと。

 これはレスラーでなくとも、すべての人の心に響くメッセージだ。人生のさまざまな局面で勝ち続けられる人などいない。問題は勝つかどうかではなく、負けても、打たれても、また立ち上がることができるかなのだと、それが強いということなのだと、この物語は私たちに告げているのである。

 

 思えば、筋書きのある真剣勝負というのは、小説そのものではないか。探偵は必ず謎を解く。江戸幕府は必ず倒される。それでも私たちはそこにドラマを見出し、人生を重ね、今回ばかりは予想通りにいかないのではとハラハラし、登場人物の言動に一喜一憂しながら、彼らの物語を追う。それと同じだ。言い換えれば、この小説自体、著者が読者に仕掛けたプロレスなのである。

 プロレス好きの知り合いは本書を読んで、試合の場面の詳細な描写とリアリティに驚くとともに、登場人物のモデルになったレスラーを想像して楽しんでいた。私は正統派ヒーロー・大河と陰のあるクールなライバル・虎太郎の関係性に萌え、この続きを夢想した。また、紙幅の都合で紹介できなかったが、興行としてのプロレスという側面からビジネス・エンターテインメントあるいは企業サスペンスとしても読み応え抜群だ。

 プロレスファンは間違いなく楽しめる。だがプロレスファンだけに独占させるにはあまりにももったいない。これは全方位向けの青春小説であり成長小説であり、そして、ふたりの青年が過去の後悔に打ち勝つ闘いの物語なのだから。

文春文庫
立ち上がれ、何度でも
行成薫

定価:935円(税込)発売日:2021年06月08日

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