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堤清二の大きさ、わかりにくさ

堤清二の大きさ、わかりにくさ

糸井 重里

『堤清二 罪と業』(児玉 博)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『堤清二 罪と業』(児玉 博)

 堤さんはよく言ってました。

「池袋の西武は東上線沿線の人たちが長靴を履いてやってくる店だった」

 だから、三越や髙島屋には絶対に負けないものを創造するんだという思いも強かった。ビジネスという枠を越えて大きな時代のウネリを作り出していたことは間違いない。途轍もないウネリです。

 有楽町西武を作る時もお手伝いをさせてもらいましたが、堤さんは会員制の百貨店にできないかとか、モノがない百貨店というのはできないだろうかって真剣に考えていました。まるでインターネットの世界です。そうしたことをインターネットが出る遥か前から真剣に考えていたんですね。

 ショッピングモールにレストラン街、映画館などを備えた最先端の複合施設「つかしん」(兵庫県尼崎市。命名は糸井重里)がオープンしたのが一九八五年。この施設に吉本隆明さんが非常に興味を持っていました。吉本さんは「つかしん」を「政治に仮託するのではなくて、民間が主導して社会を変えることができることを『つかしん』が証明した」と言って、“革命という言葉はこういうことになったんだ”とまで話されてた。堤さんもそれを聞いて、まんざらでもないような顔をしていました。東京大学時代は、読売新聞の“ナベツネさん”(渡邉恒雄。読売新聞グループ本社代表取締役主筆)や氏家(齊一郎。元日本テレビ放送網会長。故人)さんたちと共産党の細胞として革命を夢見ていた人ですからね。

 本当に大きなものを動かして、時代を見事に作り上げたと思います。今になって吉本隆明さんが言っていた意味をぼくもよく分かる。

 これは現在ぼくがやっている「ほぼ日の學校」の學校長を務めてくれている河野(通和。元「中央公論」編集長)さんから聞いた話です。堤さんが河野さんに名刺を渡す時、自ら万年筆で「午後十時から二時までは、私しか出ませんので」と言いながら書斎の電話番号を書いてくれたそうです。河野さんが仕事の用件でその番号に電話をかけると、その通り毎回、自ら出られたそうです。堤さんにとって、その時間帯は経営者ではなく、作家・辻井喬としての、かけがえのない時間だったんです。

 それほど文学に向かい合う時間を大切にされていたようです。だけどね……、それが堤さんをわかり難くしていると思います。電話のある書斎で、毎夜一人黙々と文学的に自己を吐露していくわけじゃないですか? ビジネスの世界では大成功をしている人が、夜中、黙々とマス目を埋めながら自己吐露をする……、だからやっかいで複雑になる。しかも、二代目のお坊ちゃんでもあったから、そのプライドがさらに堤さんを複雑にしていった。

 当時は堤さんの大きさに気づかなかったところがあります。けれども、今になってみると途轍もない存在だったと思う。それとぼく自身が驚いていますが、自分が社長業のマネごとをさせてもらうようになって、「あれ、これ西武に教えてもらったことだよな」とか「これは堤さんに教えてもらったことだ」とか、いっぱいあるんです。今更ながら、その影響力の強さに驚きます。

 当時、堤さんが池袋の西武百貨店のワンフロアを潰して「セゾン美術館」をやっていました。ある人に言わせると、普通に売り場としてそのフロアを使えば年間百億円は売り上げたそうです。それを美術館に使って年間十億円近い赤字を出していたといいます。けど、それでいいんだと思うんです。ぼくも堤さんの規模とは違うけども、同じような部分があります。普通に考えれば止めてしまえばいい部分、そうした部分があるから総合的な力を出せると思うんです。そうした考え方は、やはり知らず知らずのうちに堤さんに影響を受けていたんでしょう。

 三十年以上の年月がたって、今回改めて堤さんと向かい合う機会を頂いたけれども、やはりぼくにとっては非常に大きな存在でしたね、堤清二という人は。そうとしかいいようがないですね。

(インタビュー・構成 児玉博)

文春文庫
堤清二 罪と業
最後の「告白」
児玉博

定価:770円(税込)発売日:2021年06月08日

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