あれは、ニャアが完全室内飼いになり、人間との距離感を模索中だった頃のことです。
あの頃から猫用ベッドは家のあちこちにあったのですが、ニャアは自室で仕事中だった私の部屋に来て、仕事が一区切りついたら寝ようと思って敷いていた布団の上に乗りました。
ただ、そこですぐに寝っ転がったりはしませんでした。
布団に足を乗せたまま、私のほうをチラチラと見るのです。それはまるで「ここで寝てもエエんか?」と訊いているようで、その殊勝さに思わず笑ってしまいました。
「いいよ、そこで寝な」
私がそう言うと、安心した顔をしてその場でくるくると回り、丸くなって寝てしまいました。
いや、猫は何を考えているか分からないことが多いですが、一方で、意思の疎通が取れる時は、しっかり取れるものなのです。
私は愉快に思いながら仕事机に向かい、ニャアは惰眠をむさぼり始めました。しかし、それからいくらもしない内に、どこのベッドにもいない猫を探して母がやって来ました。
「ねえ、ニャアこっち来てない?」
そう言った母は、私が何かを言う前に、我が物顔で布団を占拠する猫に気付きました。そして、「あー!」と大きな声を出したのです。
その時が、ニャアが人間の布団で寝た最初の1回であったので、母の声には驚きの他に、「悪いことしてる! いけないんだ!」というからかいも多分に含まれていました。
そのニュアンスを、ニャアはニャアでしっかり受け取ったのでしょう。
母の声を聞いた瞬間、カッと目を見開いて母を睨み、「にゃあああああ!」と言い返したのです。
私と母は爆笑してしまいました。
その鳴き方はいかにも不満そうで、「ちゃんと許可は取りました~!」と言わんばかりだったためです。
「いや、私が寝ていいよって言ったんだよ」
「あ、そうなの?」
ごめんごめん、と笑いながら母はニャアの頭を撫でましたが、二度寝の体勢になったニャアは、頑なに顔を上げませんでした。
その様子がなんとも人間臭くて、人間が猫の要求を察するのと同じくらい、もしくはそれ以上に、猫も人間の言っていることを理解しているんだなぁと思いました。
いつも快適な場所を探してウロウロしているニャアですが、ここ最近はずっと私と一緒に寝てくれています。これから暑くなるとぼちぼち離れていってしまうので、今この瞬間の素晴らしさをじっくり味わっておこうと思います。
阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。現在は「八咫烏シリーズ」第2部『楽園の烏』を執筆中。
【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc
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