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陸海空の連携が初めて問われた戦争

陸海空の連携が初めて問われた戦争

村上 和久

『太平洋の試練』上下(イアン・トール)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

『太平洋の試練』上(イアン・トール)
『太平洋の試練』下(イアン・トール)

 結果的に、ニミッツはアメリカ海軍史に名を残す名将となり、一方、名誉を求めなかったキングは、戦後すぐに表舞台から姿を消すことになった。しかし、ガダルカナルで迅速に反撃に出るというキングの決意が日本軍の戦争計画全体を狂わせ、思いもよらぬ場所で莫大な損失を強いることになったのはまぎれもない事実だ。

 日本側は、数多くの飛行機と船舶を失い、防御態勢の立て直しもままならなかった。真珠湾奇襲やシンガポール攻略など、敵の油断を突く「鵯越え」のような作戦で連勝を重ねてきた日本軍が、皮肉なことに今度は連合軍の二方面からの進撃と島伝いの飛び石作戦で逆に裏をかかれることになる。開戦四カ月で広大な領土を獲得したのと同じやり方で、今度は自分たちが迂回あるいは包囲されて、手も足も出なくなっていくのはご存じのとおりだ。

 追いつめられた日本海軍は、米艦隊を一気に撃滅する艦隊決戦に一縷の望みを託すしかない。

 ……この艦隊同士の雌雄を決する激突は、西太平洋のどこかで生起することになっていた。この戦いには日米両海軍の主力艦が実質上すべて参加し、日本側に有利な状況で生起することになる(と期待されていた)。戦いは、陸上機および艦載機によるアメリカ艦隊への激しい航空攻撃で幕を開けるかもしれない。たぶんアメリカ側がどこかの大がかりな水陸両用上陸作戦の支援に縛りつけられているあいだに。しかし、とどめの一撃をお見舞いするのは日本の戦艦の巨砲であろう。勝利は完璧で、衝撃的で、壊滅的なもので、フランクリン・D・ローズヴェルトの政府は休戦を請う気にさせられるだろう。外交交渉がそれにつづき、日本はその主権と名誉、そしてその帝国のいくらかの部分を維持する和平を手に入れるだろう。(第十三章)

 その舞台が、日本の「絶対国防圏」――つまり最後の防衛線の一角であるマリアナ諸島だった。

 マリアナ諸島はアメリカの戦前の対日戦争計画(〈オレンジ〉および〈レインボー〉戦争計画)に重要にかかわってはいなかった。……しかし、キング提督はマリアナ諸島が戦争の戦略的要になると確信していた。南太平洋の資源地帯とトラック環礁の艦隊基地と日本とを結ぶ海路に都合よく置かれているからである。さらに、太平洋潜水艦隊の狩場の玄関口に位置しているので、艦隊に申し分のない基地を提供してくれるだろう。さらに、テニアン島には新型のB-29爆撃機が日本本土に到達するのを可能にする飛行場に適した土地があった。(第十三章)

 日本海軍は長大な航続距離を誇る零戦や陸上攻撃機、長大射程の酸素魚雷や大和級戦艦の四十六センチ砲など、相手の攻撃圏外から敵を叩く「アウトレンジ」戦法を戦術上の大原則としてきた。

 新鋭空母大鳳をはじめとする開戦以来最大規模の空母部隊と、彗星艦爆などの新鋭機で、数の上では真珠湾、ミッドウェイをしのぐ戦力を整備した小沢提督ひきいる機動艦隊は、このお家芸の「アウトレンジ」戦法で、米艦隊に乾坤一擲の戦いをいどむ。

 しかし、ソロモン諸島で熟練搭乗員を失い、跳梁跋扈する米潜水艦に油槽船を沈められて燃料不足に悩まされる小沢機動部隊は、かつての精鋭ぞろいの南雲機動部隊とは比べるべくもなかった。しかも、開戦当初の連敗で煮え湯を飲まされた米艦隊が、そうそう日本側の思うように戦いに応じるわけもなく、小沢機動艦隊は、皮肉にも今度は、敵の押し寄せる征服の潮流に飲みこまれていく。

 日本側からすれば、艦隊決戦思想に固執する連合艦隊司令部の決定に歯がゆい思いをしつつ、空母に着艦もできない新米搭乗員たち、それを率いた熟練搭乗員、そして、それを送りださざるをえなかった機動艦隊側の心情に心動かされる。しかしその一方で、日米の勢力がまだ拮抗しているあいだから、そういう形に持ちこむように、着実に布石を打っていく米軍側の作戦には、うならされずにはいられない。

 

 太平洋戦争は、日米両国にとって、史上空前の資源と人命を投じ、国家の命運をかけた大事業だった。「史上最大で、もっとも血なまぐさく、もっとも多くの代償をはらい、もっとも大きな技術革新をともない、もっとも兵站的に複雑な水陸両用作戦」であり、陸海空の連携なしでは勝つことはできなかった。それはどの部分が欠けても機能しない、陸海空のオーケストラによるシンフォニーで、最終的な勝利のために、どこに資源を集中するのがもっとも犠牲が少なく効率的かを差配する、指揮者の手腕が問われる戦いだった。

 本書は、前作同様、ソロモン諸島やマリアナ諸島のさまざまな海戦や上陸作戦といった点と点をつなげることで、太平洋戦争という大きな流れを描き出す。その主旋律に、夜戦や空中格闘戦といった日本の職人芸的な戦技が、米軍の高性能レーダーや近接信管、大馬力エンジンなどのテクノロジーにしだいに圧倒されていくさまを織りこむことで、奥行き深い太平洋戦争の壮大な交響曲の第二楽章を奏でている。

 

《ウォールストリート・ジャーナル》は本書を、「歴史と語りのすばらしい混合。読者をワシントンの大理石の玄関ホールから太平洋の赤く染まった砂浜へと自在にいざない、海戦を物語るミスター・トールの熟練の技をふたたび実証する」と称賛した。また、《ニューヨーク・タイムズ・ブック・レヴュー》は、「中部太平洋の戦いの巻措くあたわざる物語……。著者トールは戦いの作戦面の細部描写を得意としているが、戦史にしばしば欠けているもの、つまり日米両陣営の銃後の様子をバランスよく描くことにも同じぐらい長けている」と評した。本書は《ニューヨーク・タイムズ》のベストセラー・リスト入りし、同紙の「エディターズ・チョイス」の一冊にも選ばれた。

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