林 インタビューでそんなに理路整然としゃべる人って、いないですからね。文字にすると、文章が倒置になってて、意味がぎりぎりわかるぐらいのこともよくありますね。
岸 話の内容もむちゃくちゃやし。この本でも、いきなり知らんひとが出てくる。「タエちゃんが……」って、それ誰(笑)、みたいなこともよくありますからね。
でも、中学生のときから、『仕事!』や『よい戦争』をつくったスタッズ・ターケルにハマってめちゃめちゃ読んでた身からすると、なんで『東京の生活史』みたいな本が今までなかったんだろうって逆にびっくりしますね。昔からインタビューはそのまま書いた方が絶対面白いと思ってました。
ただ、社会学者の中野卓は『口述の生活史』でそれに近いことをしているんだけど、逆に語り手のニュアンスを残そうとしすぎて、作為的になっているんですよね。『口述の生活史』では、水島(倉敷市)のおばあちゃんにインタビューしてるんですが、方言を正確に残そうとして、「言いますなァ」のように伸ばされた語尾を全部小文字のカタカナにしているんです。これがものすごく読みづらい。ニュアンスを残そうとすると読みづらくなったり、元からすごく離れちゃうかんじになる。だから、実は語り口を過剰に残そうとしない方がいいんですよね。そこはめちゃめちゃ不思議なんですが、さじ加減がある。『東京の生活史』の編集を通じて、人の語りを文字化するときの新しいやり方を発明しているんだろうな、と思いました。
林 今回、すごく面白かったから、もっとやりたいなと思いました。
岸 ぜひ! やってください。
■「デイリーポータルZ」の精神
岸 本人を目の前にして言うのはめっちゃ恥ずかしいんですけど、林さんは日本のインターネットが生んだ最大の天才だと思ってます。
この前も「デイリー」でめちゃくちゃ笑ったのが、「すいとんの術をやってみたい」という記事があって、忍者の格好をして、竹筒くわえて風呂に沈んで。でも、竹筒って隙間だらけだから、水が入って来る。ここで記事が終わってるんです(笑)。普通これ、もう一押し面白くするじゃないですか。
林 その話、『東京の生活史』に関係あるんですか(笑)。
岸 「作らない」ということは、「もう一押し押さない」、「面白く盛らない」ということなんです。「竹筒くわえて風呂に潜ってみました」だけで記事を作る勇気は普通はないと思うけど、「デイリー」にはその勇気があって、野蛮さがある。そこが好きで「デイリー」は出来たときから読んでいて、大ファンなんです。
林 スパイ映画でとげとげの天井が上から落ちてくる、とかよくあるじゃないですか。でも、実際にあったら、半年に一回はメンテしなきゃいけなかったり、作ると維持がすごく大変なんじゃないか、悪いやつが定期的なメンテナンスをやってるところって、フィクションだと描かれないから、実際にやってみようというのが、「デイリー」の発想ですが、やってみてわかったら、そこで満足してしまいますね。
岸 そうでしょう。「デイリー」は迷惑系YouTuberのようにあえて規則を破るとか、ぎりぎりセーフかアウトかわからない境界線上のことをやるとか、そういうことを絶対にやらない。ネタの深追いをしない。だから、二〇年以上やってきて、ほぼ一度も炎上したことがない。
写真に吹き出しも入れませんよね。「デイリー」以外のサイトだと、写真に吹き出しを入れて、なんかテレビ的に面白くしちゃう。それを絶対にやらない。
林 やらないですね。テレビ的な面白さをどこかで否定しているところはあります。「デイリー」で仕事をお願いしたライターにも、「危ない=面白いじゃないから、そんなことはしなくていいよ」とまず言いますね。
岸 『東京の生活史』でエクストリームな話を期待しない、というのも、まさに「デイリー」的な精神なんです。でも、それは「かけがえのない普通の日常がいい」というぬるい話をしているんじゃなくて、作為的なものよりも、そのまんま出すことの面白さのほうが大事だということを言いたい。
たとえば、『東京の生活史』には、何人か逮捕されたことがある語り手が出てきます。そういうことが普通に話をしているなかで、不意に淡々と出てくる。
林 「で、前の工場っていうのは、そうだ、火事になって焼けた」(聞き手=足立大樹)というタイトルの話があって、ええっ!?、と思って読んでみると、その話はメインになっていなくて、話の流れでサラっと語られるだけ。
岸 そうそう(笑)。
林 こういうふうに淡々と重大なことが出てくるのは、ほんとに面白いですよね。
撮影 三宅史郎
はやし・ゆうじ 「デイリーポータルZ」編集長。1971年、東京都生まれ。2002年に「デイリーポータルZ」を開設し、独自の視点と着想でファンを獲得。『東京の生活史』には聞き手として参加。編著書に『死ぬかと思った』シリーズがある。個人ウェブサイトは「Webやぎの目」。
きし・まさひこ 社会学者、作家。1967年生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。専門は沖縄、生活史、社会調査方法論。著書に『同化と他者化』、『街の人生』、『断片的なものの社会学』、『マンゴーと手榴弾』、『地元を生きる』(共著)、『ビニール傘』、『リリアン』などがある。
この続きは、「文學界」11月号に全文掲載されています。
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