吉村 本当に。たしか授賞式の後でご飯をごちそうになりましたよね。その時に僕は長嶋さんに聞いたんですよ。「『サイドカーに犬』はどれぐらいかけて書きましたか?」って。半年だったか一年だったか、けっこう長い時間がかかったというお返事でした。僕は「クチュクチュバーン」を二週間で書いたので、これは勝ったと思っていた。
長嶋 いや、二週間はすごいよね。
吉村 ただ、二作目がなかなか書けず、やっと書けたのが「人間離れ」という二番煎じみたいな小説。それが文學界十一月号あたりに載ることになった時に、長嶋さんにメールしたんですよね。きっと長嶋さんはまだ書けてないだろうと思って。すると、同じ号に載るという話だった。かなり早く書きはったんだと思ったんですよね。
長嶋 頑張ったからね。
吉村 それで「猛スピードで母は」で、また長嶋さんは芥川賞候補になるわけです。妻と二人で車の運転をしている時に、ラジオで長嶋さん受賞のニュースを聞いて。
長嶋 その話は前も聞きましたけど、え、奥さんも乗ってたんだ!
吉村 そう、二人で。ちょうど岸和田の港あたりを走っていたらそのニュースが流れて、悔しくてこのまま車ごと海に突っ込もうかなと思ったぐらい(笑)。そんなこともありましたね。
長嶋 僕はそういう萬壱さんの内心のジリジリみたいなことをまったく感じずに、呑気坊主……大江健三郎さんが自分のことを言う「呑気坊主」って言葉が、まさに自分にも当てはまるんですが、のうのうとしてましたね。
吉村 だいたい嫉妬される側ってそうなんですよ。
長嶋 無自覚なのよね。『ガラスの仮面』の北島マヤみたいに。だいたい、いきなり一作目で芥川賞候補になるというのが、どれだけすごいことか分かってないんです、小説をまだ一個しか出してない二十八歳にとっては。だから、落ちても悔しさも湧かなかったし――何回も候補になったりしたら当然分かると思うんだけど――キョトンという感じだったのね。自分が嫉妬されるみたいなことについても鈍かった。自分が落ちても受かっても、どっちも当然だ、みたいな気持ち。絶対に誰かが落ちて誰かが受かるんだから。
吉村 なるほど。
長嶋 むしろ、とにかく一冊本を出したいという焦りのほうが強かった。何も知らないと言いつつ、「サイドカーに犬」一作だけじゃ本にならないのは分かっていたんですよ。九〇年代をみると文學界新人賞をとってもあまり本になっていない。吉田修一さんや青来有一さんぐらい頑張って、やっと単行本が出せていた。単行本を出せないと何の意味もないというのだけはずっと思っていたから、二作目を書く意欲はすごかったんですよ。
吉村 そこまで考えていたんですね。
長嶋 うん。だから、一回目の芥川賞候補で編集者と二人で結果を待ってたんだけど、その時は銀座にある友達の会社の会議室を借りたんです。飲む席で待っちゃうと二作目の打ち合わせができないと思って。担当編集者に会える数少ないチャンスを逃したくなかったんですよね。受賞するしないじゃなくて、二作目の相談ができるチャンスだから。その時は編集者ってすごく忙しいと思い込んでいたから、そんな人が半日自分に時間を割いて付きっきりになってくれるのを逃したくなかった。まだ題名も決まってなかったけど、書きかけの「猛スピードで母は」を渡して意見を聞く会にしたかったんです。
吉村 その時点ではどのくらい書けていたんですか。
長嶋 どのくらいだったかな。第一稿で、一応オチはついていたと思います。だから「猛スピードで母は」はそれこそ二週間とかではないけど、頑張って書いたんですよ。で、これはすごく覚えているんだけど、もうすぐ完成だという頃に貿易センタービルに飛行機が突っ込んで……唖然とした。もう小説どころじゃない世の中になっちゃう、みたいな。せっかく頑張って一冊目の本が出るかもしれないのに、あんなことが起こったらもう戦争だ、本なんか誰も読まない! と。
吉村 そう言われれば9.11の時でしたか。朝のニュースで見た記憶があります。でも僕はそこまで、世界が終わるとかそんな感じはなくて、むしろついにアメリカに揺り戻しが来たなみたいな、そんな意識でしたね。
長嶋 なるほど、その受け止めが吉村さんらしい。
ながしま・ゆう 作家。1972年生まれ。2001年「サイドカーに犬」で文學界新人賞、翌年「猛スピードで母は」で第126回芥川龍之介賞、07年『夕子ちゃんの近道』で大江健三郎賞、16年『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞を受賞。その他の小説に『問いのない答え』『今も未来も変わらない』など、エッセイ集に『安全な妄想』などがある。
よしむら・まんいち 作家。1961年生まれ。2001年「クチュクチュバーン」で文學界新人賞、03年「ハリガネムシ」で第129回芥川龍之介賞、16年『臣女』で島清恋愛文学賞を受賞。その他の小説に『バースト・ゾーン』『ヤイトスエッド』『ボラード病』『流卵』など、エッセイ集に『生きていくうえで、かけがえのないこと』などがある。
この続きは、「文學界」11月号に全文掲載されています。
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