ここまでは、すべてが順調に見えた。
東京ドームでの1次ラウンド。イチローの打撃内容は周囲を心配させるに十分だった。3月5日の中国戦では5打数ノーヒット。2日後の韓国戦で3安打したものの、その後も状態は上向かない。米ペトコ・パークに舞台を移した2次ラウンドでもキューバ戦、韓国戦と無安打で、2次ラウンド初ヒットは敗者復活のキューバ戦7回にようやく記録した。
「ほぼ折れかけていた心がさらに折れた。僕だけがキューバのユニホームを着ているように思えた」
その直前の打席ではバントを失敗していただけに、安堵と悔しさの入り混じった顔だった。
「世紀の大誤審」が発生した前回大会の雪辱を果たすが…
イチローは2006年の前回大会でも終盤まで調子が上がらなかった。これはピッチャーのリリースのタイミングが異なることが原因と推測できた。日本や韓国などアジア系投手が始動からリリースまで「1、2、の、3」とわずかにタメが入るのに対し、メジャー投手は「1、2、3」で投げ下ろしてくる。マリナーズ入団からすでに8年が経過し、すっかりメジャー流に慣れていたイチローが短期間で修正を施すのは簡単ではなかった。
復調の兆しが見えたのは、ドジャースタジアムでの準決勝・米国戦だ。チームは9対4で快勝。ボブ・デービッドソン審判による「世紀の大誤審」が発生した前回大会の雪辱を果たしたが、イチローは素っ気ない口調だ。
「前回のストレスを発散した、そんな感じでいいんじゃないの」
感情を表さず、何事もなかったように勝つことが相手にとって最も屈辱だと、イチローは敗者の心理を想像しながらコメントしていた。この試合でのヒットは1本だったが、打撃のフィーリングと普段の強気が戻りつつあった。
野球の厳しさを教えないといけないから
韓国代表と、大会5度目の顔合わせとなった決勝戦。延長10回、2死二、三塁でイチローが放ったセンター前2点タイムリーは、大会前から彼が背負っていた重圧、ファンの杞憂、ライバル韓国の野望を吹き飛ばす一打となった。それまでの苦闘と、ラストチャンスで飛び出した鮮やかなライナーのコントラスト。ドラマのようなどんでん返しを演じたヒーローは、顔色ひとつ変えずに二塁上でたたずんでいた。
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