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内田樹が語る「コロナ禍という大義名分で“暴力性をリリース”する人々」

内田樹が語る「コロナ禍という大義名分で“暴力性をリリース”する人々」

内田 樹

「コロナ後の世界」を考える#1 

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #随筆・エッセイ

 

――日本では、2020年度のDVの相談件数が過去最多の19万件を超え、前年比1.6倍に急増しました。虐待の疑いで警察が児童相談所に通告した子どもの数も過去最多で10万人を超えていますね。

内田 アメリカにおいては殺人の多くが家庭内で起きています。日本では、銃がアメリカのように家庭内にありませんから、その代わりにDVや虐待という形で暴力性が現れている。コロナ禍で長期間にわたり外での社会活動を制約されて、家庭内に閉じ込められてしまうと、「不快な他者との共生」が非常に心理的にはストレスフルなものになってきます。

「他者との共生」の耐え難さは、現実的には確保できる「パーソナルスペース」があるかどうかで変わります。だから、露骨に階層格差が出る。つまり、広い家に住んでいて、十分なパーソナルスペースを保証されている富裕層の家族なら「顔を合わさないで済む」。家族が家にいて、リモートワークをしていても、顔も見えない、声も聞こえないなら、別にストレスにはならない。でも、狭いリビングに家族全員が集まって、その横でディスプレイ相手に仕事をしているということになると、家族たち全員が「自己実現の妨害者」として登場してくる。家族がお互いのことを「目ざわり」だと思うようになる。

 

 残酷な言い方ですけれど、家の中で十分なソーシャルディスタンスが取れるなら家庭内暴力も起きにくいということです。コロナ禍で可視化されたのは、貧しい人たちが感染症に対して最も脆弱であり、それによって最も深く傷ついたということです。

政治もすべてコロナ対策が論点に

――新型コロナウイルスの第5波を受け、家庭内での療養を余儀なくされた感染者はピーク時で全国に13万人以上(9月1日時点、厚労省発表)いました。当事者もケアする側も自宅療養のストレスはただならぬものがあると思います。

内田 凱風館でも感染者が2人出ましたが、保健所も行政も何もケアしてくれませんでした。最初にPCR検査を受けて陽性が出てすぐに保健所に連絡したのですが、「然るべき医療機関での検査でないと陽性者と認定できない」と言われた。医療機関をいくつも断られた末にようやく検査を受けて、結局発熱してから保健所が「コロナ」と認定するまで5日かかりました。その間に重症化していたらと思うとぞっとします。そのあとも医療支援はなくて、ただ自宅で寝ているだけでした。だから、感染者の家に、道場の仲間たちで食べ物や飲み物を差し入れに行きました。国民皆保険制度があるのに、伝染病に罹患しても放置されている。これでは人々が怒り出すのも当然です。

単行本
コロナ後の世界
内田樹

定価:1,650円(税込)発売日:2021年10月20日

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